「。」 穏やかな声で彼は俺の名を呼んだ。暖かくゆっくりと鼓膜を震わす声。本の海に溺れるようにその方は自分を手招きをするのだ。 メ リ ッ ト を 探 せ 紅の王のお瞳は血の色に似ておりますね。 自分があのお方にそう言ったのは年端も行かない頃だった。書庫への道を案内するたびに彼は自分を抱き寄せていろいろな話をしてくれたのだ。自らの膝に自分を乗せて、その優しい声でもって母にすらしてもらった事のない物語を語ってくれる。俺にとって彼は壬生の最高権力者以上に自分を最初に愛してくれた人でもあった。 どうして? いつも通り俺を膝に乗せていた彼は少し驚いた顔で笑う。深紅の瞳が自分を映す。ソレがやけに嬉しかった。 「血は生命の一番初めで御座います。紅の王のお瞳はその色と同じで暖かで尊い色をしておいでです。」 「ははは、そんな大層な色などしていないよ。」 そう言ってあのお方は俺の頭を撫でる。すべらかな手だった。整った爪に細い指先。あの時から幾日もの歳月が経った今でも彼の手は変わらず、そして現に俺の頬を撫でる彼の姿も変わらない。変わったのは彼の性格だ。壬生の子供を愛し、友を慈しんだ彼はいつしか人を避けるようになり、陰陽殿に篭られるようになった。もしかしたら変わったのではなく最初からそうであったのかもしれないし、やはり変わられたのかもしれない。今となっては太四老よりも五曜星よりも彼の近くにいただろう俺ですらわからない事。 「。」 「はい。」 「ダメだよ。僕といる時に他の事を考えては。例えソレが僕の事だったとしても、ね。」 「申し訳ありません、紅の王。」 彼はニコリと微笑んだ。頬に伸びた手が優しく撫でる。撫でられた所から凍りつくような悪寒が走った。クスクスと笑い声が耳のすぐ傍でして、同時にそこを舐められる。 「ねぇ。僕の瞳は何の色に似ている?」 「・・・・・炎の色に似ておいでです。」 全てを焼き尽くし欲望を貪る炎の様。彼は一度堪え切れないとでも言うかのように喉で低く笑い、無防備に曝された俺の首筋へと口付けを落とす。 「愛してるよ、。」 (そう、それは愛と引き換えの呪縛) |