どうせ産まれるならずっと一緒にいられる時代が良かった、そんな事を言えば
君は怒るだろうか。
くだらない唄
つんと水彩絵の具の匂いが香った。
好きではないが嫌いでもないそんな匂い。
私は黙って須釜を得意の絵で描いている。
丘に咲く花は黄色にしよう
その方が須釜を見つけやすい
三日月光るこの丘を今夜中に私の右手と絵の具で閉じ込める。
明日須釜はここにいないから。
ここで思い出を作りたい。
寂しくないように・・・・・・・
「さん終わりましたか〜?」
ぬひょーっとした須釜の声。
いつもと変わらずニコニコしている。
「もうちょっと。」
そう答えるとそうですか〜と気の抜けた声が返ってきた。
いつも通りだ。
いつも通り
すらっとした身体も
やたら高い背も
笑った笑顔も
全部いつも通り
明日こいつが戦場に行くなんて嘘のようだ。
軍服を着て敬礼をする姿なんて想像できない。
でも須釜は明日いなくなる。
お国のために彼は遠いところへ行ってしまうんだ。
見送りには慣れている。
沢山の知り合いを見送ってきた。
きっと割り切れる。
お国のためだ
天皇陛下のためだ
明日の見送りはきっと笑って見送れる。
だから神様
今夜だけ私のために見渡す限りタンポポを咲かせてくれませんか?
この丘を、須釜と一緒にいたこの時間を忘れぬように
夜風に前髪が揺れる。
私は一つ咳をして最後の一振りに願いを込めた。
『彼が戻ってきますように・・・』
「須釜、終わったよ。」
水で筆を洗っていると須釜が隣に座ってさっきまで描いていた絵をニコニコ笑いながら
見つめる。
「相変わらず上手いですね〜。」
「下手だよ。」
「僕はさんの絵好きですよ〜。これが僕ですか?」
「そう。」
「それがさん?」
「うん。」
「二人とも幸せそうですね〜。」
一面の黄色いタンポポ畑で私と須釜が笑っている絵。
どうってことないそこらへんにある絵だ。
くだらない絵。
でもこんなくだらない絵のようにさえ一緒にいることが出来ない。
お国のためだ。
しょうがないんだ・・・・・
「明日だね。」
「そうですね〜。」
「そうですねって・・・・。あんたらしい言い方ね。」
皮肉を込めた声で須釜を見やると“僕は僕ですから。”と
彼は笑う。
本当に須釜らしい。
そしていつも通りの会話だ。
明日また須釜とこんな会話をするんじゃないかと勘違いするほどに。
明日もにこにこしてこの丘に立っているんじゃないかって思うほど・・・・
「さん。」
「何よ。」
「泣かないでください。」
「泣いてなんかっ・・・・」
ないと、答える前に強く抱きしめられた。
「ちゃんと戻ってきますから。」
「当たり前よ。」
神様
「死にませんから。」
「当然。」
お願い
「帰ってきたら結婚してくださいよ?」
「子供は二人までね。」
「じゃぁ、男の子と女の子一人ずつがいいな〜。」
一生分のお願い
「それと一軒家じゃないと嫌だから。」
「え・・・。(汗)僕過労死しちゃいますよ〜?」
須釜を連れて行かないで・・・・
私の頬を伝った雫は彼のシャツにシミを作る。
彼は気付かないふりをして優しく、けれども強く抱きしめた。
帰ってきてください、と小さく呟いたそれは彼に耳に届いただろうか。
そう思いながら確認する事も無く私は瞳を閉じる。
ただシャツに染み付いたタンポポの匂いと私を抱きしめる腕が今ここに須釜がいることを教えた。
次の日の朝、輝かしい軍服を身に纏った須釜が無表情に敬礼して
戦場へと飛びだって行った。
それからはいつも通りの生活。
朝から晩まで労働し、空襲に怯える毎日。
それでも月の出る夜はくだらない絵を見つめた。
私と須釜の絵。
タンポポ畑で笑い合う二人の絵。
明日死ぬかもしれない
もしかしたら今、相手の銃撃に遭って重症かもしれない
抑えきれないほどの不安。
彼の無事をひたすら願ってスケッチブックを閉じた。