本気で骨が折れるんじゃないかと思った。
右手首が軋んだ音を立てる。痛みに顔が歪んだ。なのに目の前の男は痛がるを無表情に眺め、更に手に力を入れた。


「い、たい」


半ば悲鳴のように訴えると骸は手の力をそのままにニコリと微笑んだ。綺麗な笑み。およそ十人の人間が十人とも「優しい笑顔」と言うだろう。しかしその笑みの奥に隠された殺気がを凍りつかせる。ぞっとする冷たい目。青と赤の瞳が爛々と光る。視線を外せない。外したら最期、喉を掻っ切られる気がする。この人の形をした魔物に。


「あの男とは会うなと言ったはずです。は本当に悪い子だ。」
「・・・・っ!」


手首を強く引かれ、気が付いた時にはソファへと投げ出されていた。衝撃が彼女の体を襲う。ソファの背もたれに軽く背中を打ちつけたのだ。咳き込みながら体をくの字に曲げる。両端に敷き詰められたクッションが邪魔で上手く起き上がれない。ふと前に影が差し、上を見上げると赤と青の瞳が至近距離で自分を覗き込んでいた。伸びてくる手がまたの手首を掴み、組み敷くようにソファへとの乗り上げてくる。ギシッ・・・・、ボロボロのソファが二人分の重みに軋んだ音を上げた。片方の手で無理矢理の顔を自分の方へ向け、骸は花が咲くように微笑んだ。


「悪い子なにはお仕置きが必要ですよねぇ?」










細い体がガクガクと震える。見開いた瞳の縁を涙が飾る。浅い息を繰り返しながらは耳元で男の声を聞いていた。まるで睦言を紡ぐようにうっそりと微笑む彼はその表情からは考えられないような暗く冷たい呪いの言葉を吐き続け、彼女の精神を追い詰める。折檻など必要ない。言葉だけで充分彼女を傷つけることも苦しませる事も出来る。だから骸は彼女が自分の意にそぐわない行為をするたびに言葉によって追い詰めて行った。


「何度言ったらわかるんですか?そんな稀な能力を持っているアナタの事、僕以外誰が目を掛けてくれると思ってるんです?誰もいやしないのに。本当なら売り飛ばされてサーカスの見世物になるか、マフィアに心身ともに衰弱させられるまで、いや、衰弱しても点滴を打たれながら延々と未来視(サキヨミ)させられるかのどっちかなんですよ?わかってます?自分がどんなに良い環境にいるか。ある程度の自由を貰えて、痛い事もしない。力も使う回数を抑えているのに。それなのに僕の言う事が訊けないなんて厚かましいにも程があります。そうでしょう?力を取ったらは出来の悪い役立たずなんだから。」


低い心地良い声が心を抉る。骸が何を危惧しているのかわからないがあの男とはただの友達だ。偶然公園で再会して、以来時々公園で会ったりすると会話するようになった。自他が認めるほど自分は人と接するのが苦手だが彼とは何故か会って間もないけれど一緒にいて苦痛じゃなかった。公園のブランコで一言も話さずぼーっとしているのも、他愛もない話をするのも。だから何故此処まで骸が怒っているのかは見当も付かなかった。


「な、んで。恭弥は危険じゃない。ただの友達、」
「アナタに友達なんていないでしょう?」
「そんなことないっ」
「いくらアナタが思っても相手はどうでしょうねぇ。」
「恭弥が友達になろうって言った!なんで?あなたに関係ないよ!私と恭弥が、」


その先の言葉をが言う事はなかった。柔らかいモノが唇に触れる。さっきよりも近い所に骸の顔がある。顔を背けようとすると頬に添えてあった手が顎にかかり、強引に正面へ向けられた。呼吸の仕方がわからない。必死に自由な片手で骸の肩を押す。が、ピクリとも動かない。言い知れない恐怖に体が竦む。しばらく経ってやっと開放された時にはは全身を震わし、軽い過呼吸に襲われていた。骸はニコリを笑って両の手で彼女の頬を包み込み額を合わせた。さっきまでの強引さはなく、優しく慰める様に。


「彼を・・・・殺しちゃいましょうか。」
「っ・・・・?!」
「だって彼がいるからはいつまで経っても良い子にならないのですから。居なくなってしまえばも僕の言う事を訊く良い子になるでしょう?ねぇ、雲雀恭弥でしたっけ?一本一本骨を折って、内臓を引き摺りだして、生きてる間に両目を抉って、最期は幻覚で狂わせて殺してしまいましょう。」
「・・・や、・・・めて、」


哀願するようにの黒い瞳が骸を見つめる。
自分にだけ向けられたその視線に気を良くしたのか彼は邪気のない笑みを浮かべた。


「イヤなら僕の言う事、ちゃんと訊いて。いいですね?。彼と会ってはダメですよ。に友達なんて必要ないのだから。」


僕 だ け 見 て れ ば い い