「。」 誰かの呼ぶ声で意識が浮上する。雫が額を、髪を、身体を濡らしていた。なのに全然冷たくない。 「コレはの夢の中ですからね。感覚は無いんですよ。」 目を開けば人が立っていた。見たことのある人。誰かはわからない。ぼんやりと霞んだその人が苦笑したのが判った。 「思い出せなくて当然です。僕が君にそれ以上の思考を停止させたから。」 「何で?」 「その方が楽だからですよ。あなたが。」 「私が?」 よくわからない。彼は笑うだけだ。この笑い方を良く知っている。それ故に何だかもどかしい。喉まで出掛かっている彼の名前。彼は笑う。無理に思い出さなくていいと彼は言う。そんなのいやだ!と叫びたいのに私の唇は事務的な言葉を紡ぎだす。 「生きてる?」 「とりあえずは。」 「これからどうするの?」 「あなた達は自由だ。好きにして良いですよ。」 「貴方は?」 「使えそうな身体を見つけます。」 「もう会えない?」 「くふふ、情熱的ですね。」 ぼやけた赤と青の光がじっと私を見ていた。あぁ、知っているよ。その色。手に入れたくてしょうがなかったその瞳。そう、綺麗な赤と青の瞳だった。背が高くていつでも笑っている顔。 「いけない子だ。思い出してはいけないといっているのに。」 ボロリ 目の前の人影の手が乾燥した土のように崩れた。雨が降っているはずなのに。どんどん崩れていく。綺麗ですべらかな手が。ランチアさんとは違う細い手だった。鮮明に思い出せる。苦笑いは続いている。 「失敗ですね。僕との記憶の一切を削除しようとしたのに。」 「・・・・・何処に行くの?」 「。僕の事は忘れて下さい。」 「・・・・・もう会えない?」 「お願いですから。」 ボロ ボロ どんどん小さくなっていく。腰が崩れる。腕が崩れる。不思議な事に彼の身体が崩れれば崩れるほど崩れていった箇所が鮮明に思い出せた。ぼんやり霞む。涙が溢れた。彼は消えるつもりなんだ。少なくとも私の前から。もう会えない。もう触れられない。 「骸。」 思い出した。彼の名前は骸だ。何度も此処の中で呼んだ。でも結局声に出す事は出来なくて。これから先も言えずに終わるんだろうと思っていた。 「に呼ばれるのは初めてです。」 「そうだよ。ずっと呼べなかった。」 骸は苦笑したみたいだけど、涙で前がよく見えなくて定かじゃない。雨が激しかった。 「あなたの事がずっと好きでした。先輩にだけ話しかけるあなたを見てて嫉妬する時もありました。初めて仕事をした時震えていたでしょう?アレは結構ショックでしたよ。」 「今でも好き?」 「えぇ、愛してます。」 「だったら連れてって。」 「・・・・すみません。」 「何で?好きじゃないの?もう私のこと嫌いになった?」 「今でもこの先もずっと好きです。」 「好きだって言うんなら連れてってよ!!」 久しぶりに大きな声を出したからだろう。喉の奥がひりひりした。涙は止らない。雨と共に地に落ちる。わかってるよ。私の頭は(心と違って)とても優秀だからすぐわかる。置いていくんだ。でも心はいつだって頭にはついて行けないんだ。 「もう、終わり?元に戻らないの?」 「すみません。」 「謝んないで。聞きたくない。」 「でもすみません。」 「聞きたくないったら!!」 涙で見えない。彼が呻く。きっと悲しい目をしているんだ。赤と青の瞳。もう一度ちゃんと見たいのに。なのに私の目は言う事を聞いてはくれない。 「。好きです。だけど連れて行くことは出来ない。すみませんでした。最後まで。」 崩れる。崩れる。彼が。骸が。いなくなる。 「起きた?」 気付けばM.Mが私の顔を覗き込んでいた。見知らぬ天井。あぁ、そうだ。計画が失敗して逃げてきたんだ。気配を伺えばあと三人いる。だけど全員じゃない。ランチアさんと犬と千種と、あの人が。見上げた窓は雨が降っていた。 あの人たちの所でもこの雨は降っているだろうか。晴天の空にサラサラと輝くような雨。まるで光に粒だ。空一面に広がる光の粒。涙がこめかみを通って流れ落ちた。何処に居るの。何処へ行くの。 「M.M」 「なぁに?」 「言えなかった、の。」 「・・・うん、」 「好きだって、最期だったのに、・・・・」 「そう、」 彼女が労わるように笑う。その後ろの窓で光の粒。夢の話を思い出した。赤と青の瞳と笑う顔。崩れ落ちた身体。あの人は最後まで嘘ばっかだった。初めて出会った日に彼は言ったのに。僕と一緒に行きませんか。そう言って私の全部を持っていったのに。泣き続ける私の頭をM.Mが撫でてくれた。その後ろでジジとヂヂがうな垂れ、バーズは心配そうな顔をしている。涙が止らない。嘘吐き。 (好きだって言うなら連れて行ってよ。謝るんなら好きなんていわないで。 あんな風にいなくなるんだったらあの時キスしなければよかったんだ。) |
ザ ン サ イ ア ン の 雨