バカなくせに。バカなくせに。バカなくせに。
熱くなった右の掌を強く握る。爪が食い込んで痛いはずなのに私の手は痺れたように何も感じない。ただ、頬が熱かった。




「なぁんでは骸さん嫌いなん?」


思い出したかのような素振りで犬に言われた時、最初何を言っているのかわからなかった。誰が誰を嫌いだって?よくわからなくてぼんやりと犬を眺めると彼はホントのわんころみたいに飛びついてきた。行き成りだから壁に頭をぶつける。舐めていたのど飴が喉に詰まるかと思った。


「なぁ、なんで、」
「・・・・・。」
「骸さん、良い人じゃん。優しいし、強いし」


そんなの知ってるって言いたかった。そんなの、犬よりも知ってるよ。穏やかで怖くてでもニコニコ笑ってて怖いけど強くて優しいんだ。アンタより知ってる。もっともっと。あの人が何が嫌いで何が好きとか、もっとずっと知ってるよ。


「・・・・・・・別に、嫌いじゃない。」


でも、そんな事言えない。言ったら犬は面白がるだけだもの。きっと無神経に私の想いをわんこの如く穿り返すんだ。彼は妙に鋭いから。(普段は鈍感なのに)(いや、鈍感すぎて鋭いんだ)私はそんな事考えていませんって言う顔をして犬を睨み付ける。丸い目がもっと丸くなった。


「じゃぁ、好きなんだ?いっがい〜。嫌いなんだと思った。」


だっておまえいっつも骸さん避けるじゃん。隣にも座りたがらないしー、訊かれてもシカトするしー。
隣に座らないのは煩い心臓の音を聞かれたくないからだとか、聞かれても無視するのは無視してるんじゃなくてなんて答えればあの人は喜ぶんだろうとか考えて結局タイミングを逃してしまうんだとかコイツは考えないんだろうか。(考えたらキモいけど)(かえって恥ずかしくて死にたくなるけど)無意識のうちに眉を寄せていたんだろう。犬は渋い顔のままの私を見て小首を傾げる。わかんないって顔だ。そして私の頭を真っ白にするようなカイシンの一撃を与えたのだ。


「好きなのに何でそんなシケた顔してんの?骸さんは笑ってる女の子が好きーって言ってたびょーん♪あと料理上手くて髪長くて可愛くてセック」


ばちんっ


スが上手い女の子と続く予定だったんだろう。遮ったのは私の右手だ。犬の左頬が紅くなる。まん丸の目がもっともっとまん丸になる。力の限りで犬を退けると案外あっさり転がった。イヤだ。こんなはずじゃないのに。犬は唖然と私を見上げていた。頬が熱い。伝う涙がやけに冷たかった。犬は行き成り泣き出した私にびっくりしていたらしくぶたれた頬なんて気にしない様子で。バカのくせに。心の中で罵る。バカのくせに。大きなお世話だ。どうせ可愛くなんてない。料理も上手くないし髪だって短い。未だ処女だ、悪いかバカ。鼻がツンとした。たくさん犬に言ってやりたい事が多いのに開いた口は何を言えばいいかわからず震えるばかり。かっこ悪い。最悪だ。


?どったの?どっか痛いの?なんで泣いて、」


すごい心配そうな顔。ぶったのは私なのに。痛いのは犬の方なのに。そう思ったらまた涙が溢れてきた。犬は悪くない。悪いのは嫉妬ばっかの私だ。八つ当たりばっかの私。犬は悪くないのに。ごめん、と小さく呟くと犬はブンブン首を振って


「こんなの痛くなんてないびょん!うん、全然へっちゃら!!」


にっこり笑う。ああ、これ以上私を惨めにしないで。平気とか言わないで。優しくされればされるほど私は惨めになる。汚くなる。醜くてヤな女になる。ぼろぼろ泣いたら犬はホントに心配そうにおろおろした。


。どこ痛いの?骸さんのとこ行こー。きっと直してくれるよ。」


早くランチアさんが帰ってくればいい。今すごく会いたい。会って心配いらんって言って欲しい。何でいないのランチアさん。涙は止まることを知らず、犬はおろおろするばかりだ。


(そうやって私を汚くしないで欲しい。私はただ、あの人が好きなだけなのに。そんなふうに汚くしないで。卑しい感情を持たせないで。お願い。)




泣 き 虫 ジ ー ナ