「恋人にするならやっぱ骸ちゃんだわ。」 さう言つたのは私と変らない年齢の女性でした。奇抜な色の髮を綺麗に整へて顏に化粧を施し、足や胸を曝す大胆な服を着てゐます。(見る人が見たら間逆の私はさぞや慘めに見えるでせう)私は食事の手を止めて彼女を見た氣がします。(此の所私の記憶は散乱するので覚えてをりません)(昨日だつたかもしれないしはたまた二年も前かもしれません)しかし彼女はニコリと笑つて もそう思うでしょ?と同意を求めてきたのは覚えてゐます。 好きなのはお金とブランドと宝石よ。あ、でも骸ちゃんは顔綺麗だし身体もいい感じだし一緒に歩いてても惨めにならないじゃない?だから恋人にするなら骸ちゃんね。 彼女は満足さうに言つてゐます。私にはよくわかりません。世間では“好き”な人とは付き合ふらしいです。愛してる人とは一緒に居たひと言ひます。其れなら彼女の言うソレは愛なのでせうか。『好き』と言ふ意味なのでせうか。だつたら私の中で重くなつていく此の氣持ちは何と言ふのでせう。 「は何を怒っているのですか?」 突然のあの人の言葉に私は自分が今どうしやうもなく苛立つてゐる事に氣付かされました。いつもさうです。あの人はまるで人の心でも見透す力を持つてゐるやうに人の氣配に鋭いのです。今、彼女はゐません。仕事に行つてゐます。億劫に目を上げると彼は綺麗に微笑みました。―――顏綺麗だし。彼女の言葉を思ひ出します。あゝ、たしかに綺麗な顏です。苛立ちを覚えるくらゐに。 「もしかして昨日の事ですか?アレは何回も謝っているでしょう?」 どうしてアナタはこんなにも私の氣に障る事を仰るのが御上手なのでせう。昨日の事。あゝ、たしかに思ひ出しました。アナタが彼女と寢たのは昨日です。吐き氣がする。 「まさか貴女が降りてくるとは思わなかったんです。」 思はなかつた?あゝ、其れは大層な言ひ分だ。思はず其の喉を掻つ切つてしまひたい衝動に驅られます。どうして私の行動をアナタに決められなきやいけないのでせう。私は自由でゐたい。いや、自由です。だからアナタに私の一々の行動を予測も推測も或いは断定もされる覚えはありません。其れよりもリビングで抱くと言ふ事が常識外れな行動だと早く自覚すればいゝ。 「骸さま。お言葉ですがリビングでなさるのは、」 「その方が燃えるんです。」 「まぁ、気持ちはわかりますが、あんなに声を上げられたんでは安眠できません。」 「それはM.Mに言ってください、千種。とりあえずには刺激が強すぎたみたいですね。」 あゝ、あの喉を掻つ切つてしまひたい。私をバカにするのも大概にして下さい。たしかに私は何も知りません。えゝ、アナタの仰るとほり何も知りません。どうせ私は無知なのです。愛がどんなものか。恋とは何か。まつたく此れつぽつちもわかつてません。アナタは何でも知つていらつしやるでせうが、だからなんだと言ふのです。何を知つてゐると言ふのです。復讐や憎悪や愛や恋の意味を知つてゐたつて私の様な者の眼の色さへ読む事がお出来に成らないなら意味などない。あゝ、誰か此の男を殺して呉れないでせうか。二度と無駄口を叩けない様にしてはくれないでせうか。さうすれば私の彼に対する不可解な氣持ちも消えうせませう。後に残るのは平穏。さうだ平穏が、平穏が欲しい。何も考へず、母胎の中で息をする赤子の様にぢつとしてゐたい。 「。」 美しい其の人の声が聞こえます。悪魔と言ふのが本当に居るとしたらアナタのやうに美しいのでせう。ニコリと笑ふ其の笑顏でどれだけの女性を不幸にしたのですか。結構な事です。私はもう知りません。もうリビングでも風呂場でも何処でも好きな所で彼女を抱けばいゝ。さうだ、本当にさう言つてやれば良かつた。嫉妬してるんですかなんて、アナタなんて死んでしまへばいゝ。 |
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