ルがアサヒを見つけたのは丁度昼時が過ぎたときだった。
昨日は予定より仕事がかかり、帰ってきたのが朝方だった彼は遅い朝食を食べるため食堂を目指していたのだ。あくび交じりに食堂(といっても流石はボンゴレ直属の暗殺部隊。どこかのホテル並みの豪華さだ)へ入ると長テーブルには彼の上司とその妻の愛の結晶とでも言うべきか彼らの一人息子がなにやら難しげな顔をして座っている。そしてその向かい側には疲れ果てたような顔をしたスクアーロ。横わけにした前髪から憔悴しきったような灰色の瞳が伺える。そんな面白い状況をベルが見逃す事なんかできるはずもなく、


「何やってんの〜?」


とアサヒの隣へ座った。するとさっきまで眉を寄せてきたアサヒがパッと顔を上げ、父親譲りの赤い瞳でベルを見上げてくる。目の色は父親似で、目の形は母親似だ。その所為かアサヒの顔立ちはに似て柔和な印象を受ける。性格もザンザスの純情な部分とのすぐ人を信用する部分を受け継いで見事、単純苦労人タイプへと成長を遂げてしまった。父親の横暴さに耐え、母親の破天荒ぶりに泣き、およそ6歳とは思えない達観振りにスクアーロが影で哀れみの涙を流していたのを見かけたのは記憶に新しい。そんなアサヒにとって今日は特別の日のはずだ。
12月24日はクリスマス・イブ。サンタがプレゼントを届けにくる日。こんな血生臭いヴァリアー邸でも毎年この日が近づくと両親二人はもちろん幹部たちですらそわそわしだし、プレゼントをそれとなく訊く事に躍起になるのだ。しかもアサヒは単純ときている。サンタの存在を疑うこともなく、朝プレゼントを見つけて喜ぶ姿に暗殺部隊はメロメロだ。そんなお楽しみの日なのにアサヒの顔は浮かない。


「浮かない顔してんね、アサヒ。今日はサンタが来る日じゃん?」
「……今年はサンタさんきてくれないんだ。」
「はぁ?」


んな、はずない。
イベント好きなあの両親がこんな大イベントを中止するなんてのは地球が真っ二つに割れるよりもありえない話だ。事実ベルはこの前ザンザスとが某玩具屋で3時間延々とプレゼントを選んでいたのを見かけた。そしてそのプレゼントがザンザスの仕事机の下に隠されているのも知っている。目をまん丸にしてスクアーロに視線を送ると翳った灰色が縋るようにベルを見てくる。わけがわからない。「勘違いじゃね?」とあえて軽くアサヒに問いかけると彼は思いつめたような息を吐くと震える口を開いた。


だってこの前、母さんが煙突爆破させちゃったじゃないか!!
「・・・・・・・・・・・。(今、スクアーロの気持ちがわかった)」



サンタさんは煙突からくるんだから煙突なきゃ来れないよっ!と泣きそうな声を上げるアサヒにベルは自分が爆破したわけでもないのに酷く居た堪れない気持ちになる。そうだよな、サンタは煙突からくるんだよな。間違っても顔面傷だらけの強面が息子の部屋に忍び込んで枕元にプレゼントを置いて帰っていくんじゃないんだよ。そんな辛い現実をこんな純粋な子供に言うのはさすがのベルでも出来る筈がない。だからと言ってこの子供を丸め込ませるだけの説得力ある言い訳が思いつくわけでもなく、撥ねさせた長い前髪の下でベルは茶色の目が泳がせていた。幸いそれにアサヒが気付くことはなく、またもや重いため息をつく。


「サンタさんって猫バスに乗ってやってくるんでしょ?」
え、猫っ・・・・?
「うん、母さんが言ってたよ。だから煙突に下ろされるんだって。でもその煙突がなかったらサンタさん降りられないじゃん・・・・。ただでさえうちの家は年中警戒態勢だし、他のルートは全部見つかって蜂の巣にされちゃうよ!」
「(何それ、どんな設定?!)・・・・・なぁ、アサヒ。そのサンタって何色なん?」
「え、もちろん灰色だよ!全身毛むくじゃらで口がこぉんなに大きいんだって!街で見かける赤い服着てる人は仮の姿なんだよ。」
「(サンタ=トトロ説?!)う゛おぉ゛い・・・・・それ、誰が言ってた?」


口を開いたら突っ込んでしまいそうな衝動をどうにか抑え、引きつり顔でそう訊くとアサヒはにっこりと笑う。その笑顔は純粋そのものだ。


「父さんだよ!!」
「「(不憫!!!)」」


スクアーロとベルは同時に勢い良く手で顔を覆いつくす。バチーンという音がして顔がジンジンと痛んだがそれ以上に胸が痛い。もう一から十まで不憫だ。彼の両親があの二人というのも不憫だし、サンタが赤い服着たおっさんじゃなく人間の範囲を超えた妖精というのも不憫でならない。しかもそんなメルヘン通り越して電波な嘘を真顔で父親と母親に教えられ、信じてしまっていること自体が不憫だ。ついでに煙突が爆破されたのも不憫。居た堪れない気持ちでいっぱいな二人の様子にアサヒは小首をかしげる。と、そこに偶然通りかかったのはそもそもの元凶であるだ。


「アサヒ探したよ!・・・って、ベルとスクアーロは何やってんの?」
「んー、わかんない。サンタさんの話してたら・・・あ、母さん!今年はサンタさん来ないんでしょ?!」
「え、どーして?いい子にしてた子にはちゃんと来るのよ?アサヒは良い子にしてたじゃない。」
「だって今年は煙突ないじゃん。」


悲しそうに呟く一人息子にはきょとんとした顔をする。さぁ彼女はどんな言い訳をするのだろうか。ベルとスクアーロが指の隙間から彼女を伺う。するとは満面の笑みを浮かべて 大丈夫よ!とアサヒの頭を撫でた。


「だ、だって煙突ないんだよ?!」
「サンタさんはね、どっかられでも入ってこれるの。24日はサンタだけどその日以外はヒットマンだからどんな警備された家でも簡単に入れちゃうのよ!」
う゛おぉ゛い!!マジでかぁぁぁ?!!(どんな設定だぁぁぁぁ!!)
「そうよ。知らなかったの、スクアーロ。」
「でもでも、そしたらウチってどうなの?暗殺部隊のヴァリアーなのに簡単に入られちゃってんの?!」
「いやいや、こっちも不法侵入はいくらサンタさんでも許されることじゃないからもちろん攻撃するわよ。アサヒは眠ってるから知らないだろうけどこの家24日の夜はすごい戦場になるんだから。ね、ベル。」
え゛・・・・う、うん。」
「しかも爪とか長いくせに銃とか使うし、動きすばやいし。あ、あとコマに乗って空中に浮かんだりするし。銃の腕前なんてゴルゴ13みたいだし。」
「「((トトロ強ェェェェ!!!))」」


あまりの衝撃に突っ込む気すら起きない。いや、こんなにも真面目くさった顔であんな嘘がつけるに恐ろしさすら感じる。いやな汗を流しながら固まっている二人の横では なんだそうだったんだ〜、とか そうよぉもう大変なんだからね、とか それじゃ今年も来る?、とか もちろん来るに決まってるじゃない!、とか穏やかな会話が繰り広げられていた。


ク リ ス マ ス 戦 争