「あ の人は私にとって世界の中心なのです。」 そう言っては左側の額から左頬にかけて残る大きな痣を少し歪ませてニコリと笑った。決して美人とは言えない女性。痣がなかったとしてもその姿は道端を歩く人間を振り向かせる事は出来ないだろう。しかし朝露に彩られてまっさらな笑みを浮かべる彼女を紅の王は非常に美しく思え、同時に切なく思った。愛しているのだと彼女は言う。あの人を愛しく思い、守りたいと。しかしそう想えば想うほどこの気持ちは行き場をなくし、言葉にすればするほど上手く伝える事が出来ずもどかしくなるのだと。 「時々不安になるのですよ。私の命が本当にあの人の糧になれるのか。」 とりどりの花が咲き誇る彼の庭では瞳に影を落とし自嘲気味に微笑む。手持ち無沙汰な指先は美しい花を手折ってしまわぬように優しく触れ、ソレきり閉ざされた唇からは深い吐息を零した。彼女と会うようになったのはもう随分と昔である。会うたびに彼女は花の咲き誇るこの場所を綺麗だと笑い喜んでくれる。ソレが嬉しくて季節ごとに違う花を王は咲かせていた。ここは彼女と自分のためだけの庭である。誰も立ち入ることが出来ない秘密の場所。 彼女は朝顔に似ている。花という花が雪崩のように咲き並ぶこの庭で小さく遠慮しながら咲いている花に。薄桃色に色づいた花弁はしかし向日葵のように気高く美しい姿はない。清楚な姿は逆に地味だとも取れる。夏の花の中でも埋もれてしまうその花は朝にしか生きられない。しかしだからこそ精一杯咲こうとする懸命な様子が美しく思えた。彼女は短命だ。彼女自身ソレを自覚している。紅の王は優しく表情でに笑いかける。 「大丈夫。あなたがあなたである限りその願いは叶えられるよ。」 顔を上げたは驚いた顔で王を見て、それから泣きそうに微笑んだ。彼女の朝が刻一刻と過ぎていく。 |
一 刻 だ け の 朝 花