つ来ても薄気味悪ぃ所だぜぇ。
スクアーロは廃墟の建物が並ぶ廃れた町を横目で睨みつけながら毒付いた。ここは闇街第一区『無花』。廃墟をねぐらとして盗みを働く人々が住む町。見かけは誰一人いないただの廃墟だが呼吸の音や気配から何人もの人間が“外”から来たスクアーロを警戒している事がわかる。


「くそっ、あの野郎が大人しく夏目ンとこに収まればこんなクソみてぇな所くる必要もなかったのによぉ・・・」


R.Wの専属医師の嫌味な顔を思い出して近くにあった瓦礫の壁に蹴り上げた。それでも苛立ちは収まらない。早い所男の住む病院に行って用事を済ませて帰ろう。どうせ今日は解毒剤をとりに行くだけなのだから。そう思うことでどうにか自分を落ち着かせてスクアーロは歩みを早めた。




「う゛おぉい、サソリ!さっさとドアを開けやがれェ!!」
「うるせぇなぁ!そんなデケェ声出さなくても聞こえてるっつーんだ、この鮫野郎!!」


ガンガンとドアを叩きながら怒鳴ると同じくらいの怒鳴り声で赤毛の男がドアを蹴り破ってきた。ドアノブ式の扉がスクアーロに向ってくるが難なく交わして相手を睨み付ける。剣呑な雰囲気が漂い始めたその時、ぎゃっと小さな悲鳴が聞こえた。初めて聞く声だ。不審に思って視線だけを向ける。途端にスクアーロは目を見開き、次にサソリを見て「誘拐か?」と真面目に聞いてしまった。声の先には小さな子供がいた。秋色の髪していて大きな常磐の瞳はサソリとスクアーロと倒れたドアを順々に見つめている。サソリはスクアーロの発言に気分を害したようで彼が子供に「怪我してねーか?」と声をかけている隙にその腹を蹴り上げた。素早い一発に悶絶する。子供はおろおろと彼に駆け寄った。






「て、てめぇ・・・客に対してなんつー事しやがる。」
「安心しろ。客だから多少は手加減してやったぜ。」


あの後何とか回復して家の中には入れたが流石は闇の住人、手加減されたと言うのにすごい威力だ。腹を押さえて若干青白い顔をしながらスクアーロはサソリとテーブルを挟んで向い側の椅子へ座っている。謎の子供はサソリの隣だ。その体には大きすぎるカーディガンを羽織って懸命にペンギンを模した機械を回し続けていた。中には氷が入っているのだろう。ショリショリと音を立ててペンギンの足の間から細かくなった氷がガラスの器に緩やかな山を作っている。丁度いいくらいになると彼女は一端動かす手を止め、器を取り出して黄色い液体が入った瓶をフタを開けた。丁寧にその中身を少し注いでスプーンを横に刺し、スクアーロへとおずおず差し出す。


「・・・粗氷です。」


いや普通は粗茶だろ。喉まで出掛かったつっ込みを隣で睨みつけているサソリによって引っ込めた。大人しく食いやがれと書かれた顔。別にカキ氷は嫌いではない。自分のファミリーが日本贔屓のため食べた事もあるしジェラートのように後味に甘ったるさが残らないソレをスクアーロは結構好きだった。しかし寒い。この部屋だけが真冬のように寒い。外はうだる様な暑さだというのに何だこの差は。彼女がカーディガンを羽織っているのも頷ける寒さだ。向いの男を見やると二作目のカキ氷を渡されていた。その色は緑でおそらくメロンだろう。平気で喰っている。サソリはその表情から一見暑さも寒さも感じていないように見えるが実際は暑いのが苦手で夏場はガンガン冷房をかける典型的夏嫌い人間なのだ。早く解放されたいがために「ありがとなぁ」といって黙々とカキ氷を口にかき込む。視界の隅に子供が様子を窺っているのが見えた。心配そうな不安そうな顔。何がそうさせているのだろうか。と、サソリが彼女に何か持ってくるように言った。彼女は素直に頷いて椅子を降りる。体が小さいため椅子を降りる姿になんとなくおろおろしまった。彼女が奥に消えていくまでぼんやり眺めていたスクアーロがサソリに向き直る。


「あのガキは、」
「俺の助手だ。と言う。小さいが才能がある。」


ふーん、と相槌を打って氷の粒を口に運びながらスクアーロは背筋がゾクゾクさせる。やはり寒い。が、あんな小さな子供が一生懸命作ってくれたソレを残すのは気が咎める。鳥肌を立たせながらどうにか食べる。器の中の氷の山がなくなる頃、が戻ってきた。持っていたのは小瓶。おそらく件の解毒剤だ。ご苦労だったなと言って彼女の頭を撫でるサソリの顔はスクアーロですら見たことのない穏やかなものだった。が氷が入っていた器に視線を向ける。さっきと同じ仕草だ。しかしその表情は安堵の顔。疑問が残るがサソリが仕事の話をし始めたので追求はしなかった。帰り際、サソリがスクアーロの胸倉を掴んで 次はテメー以外の奴を連れて来いと囁いた。その顔はどこか拗ねたような顔で怒鳴るタイミングが逃してしまう。


「気にいらねぇな。レモン味のカキ氷はアイツの大好物なんだぜ。それを俺じゃなくてテメーにくれてやるなんざ、気にいらねぇ。しかも間食するたァなぁ。」


折角いつも以上に寒くしたのによぉ、と悪びれた様子もなくしれっと言われてスクアーロは声も出ない。サソリへの怒りよりも先に彼女が見せた不安そうな顔と最後に見せた安堵の顔の意味が漸く解けた事にすっきりし、同時に照れくさい気持ちになった。今度会うときは何か土産でも買ってきてやろうと思い、アイツは何が好きなんだとサソリに問う。彼からの答えは勿論罵倒と容赦ない蹴りだった。

小 さ き 氷 屋