雨が降り始めたのは確か少し前だったはずだ。 任務で砂に向う途中、あんなに晴れていた空は忽ち暗くなり、滝のような大粒の雨を降らし始めた。デイダラの粘土は雨に弱い。凌ぎ岩を見つけたから良かったものの危うく体中土だらけになるところだった。溜め息をつきながら手を動かす。今回は情報収集だけなので生身(この表現で良いのかは疑問が残るが)一つで来てしまった。ヒルコが雨に濡れるのも面倒だが自分が濡れる方がもっと面倒である。体を傀儡化してからどうも水に敏感だ。実際注意を怠るとつなぎ目が錆びてしまうし、ひどい時には部品自体を変えなければならなくなる。笠と黒いコートを着ていた分濡れたのは左手だけであったが少し動かしにくい。アジトに帰ったら即調べようと心中で思い、デイダラを見た。 (・・・・寝てやがる) やけに静かだと思えばすぐコレだ。腰をかけるのに丁度良い岩に身を預けながら寝息まで立てている。苛立って口を開こうとした時、となりでクスリと笑う声が聞こえた。見れば笠を深く被った人が知らぬうちに居る。 「寝かせてあげたら良いじゃありませんか。」 ゾッとするほど心地良い声。穏やかな口調とは反対に気配は無い。薄ら寒さを感じてクナイに手を伸ばすと男は 今日は一段とよく降りますね、と笠を取るでも大き目のコートを脱ぐでもなく話しかけた。 「俺はある所に行く途中なのですがこう降られてばかりで一向に足が進まずにいるんですよ。」 「・・・そうか。この時期はここらの砂漠でも雨が降るからな。」 「雨?」 男が笑った。その拍子に笠に溜まっていた水が地面に落ちて消えた。あぁ、失礼。どちらに対して謝っているのか男が亜麻色のコートから手を出して笠を掴む。まるで一流の彫刻師が彫った様な細く長い指がそのまま笠を取り外した。途端にサソリは愕然とする。染み一つ無い肌、薄い唇、弓形の眉。珍しい青銀色の髪はここが薄暗い岩陰だと言うのに輝いて、鼻筋の通った美しい顔を照らしている。こんな完璧なモノをはじめてみた。目を離すことが出来ない。天才傀儡師と謳われた自分でもコレほどまでに美しく作る事は出来ないだろう。ソレほどまでに目の前の男は完璧な芸術作品だった。 「違うでしょう?」 男の形の良い唇が弧を描く。黒曜と瑠璃の切れ長の目がしなって、傀儡化したはずの自分の肌が粟立った。何なんだこの男は。何もかもを見透かしているように自分を見る。サソリが空恐ろしさを感じていると男はサソリから視線を逸らして線を引いて落ちる雨をじっと見つめだす。その横顔は凍てついた刀の切っ先のように美しい。 「血ですよ。散々殺した相手の血が降っているのです。」 俺たちを罰する為に。止む事無く。男は再び笠を被ってその恐ろしいまでの美しさを覆った。それではお先にと男は言い、砂漠に足を踏み込ませると彼の言う血の雨の中へ消えて行く。後の残ったのは茫然と男が消えていった先を見るサソリと未だ夢の中にいるデイダラだけだ。男は何処に向う途中なのか。不意にそんな疑問が過ぎった。彼は“俺たち”と言った。だから彼も沢山の人を殺めたのだろう。殺した相手の血をその身に浴びて、永遠に罰され、行き着くところは地獄か虚無か。どちらにしてもまともな所ではない。しかし男が最後に言い残した言葉が気になった。 「それでは、お先に」 その先に続く言葉は一体なんだったのだろうか。何故か寒気がしてサソリは考えを中断した。 |
地 獄 で お 待 ち し て お り ま す