前はアイツと全然違うな。」


銀の月が静かに昇る夜半。
彼は俺を一瞥してそう仰いました。その声は淡々と、しかし何処か虚ろな雰囲気を漂わせております。多分彼は酔っていたのでしょう。着物から覗くきめ細かい青白い肌はほんのり上昇なさっていらっしゃいましたから。しかし、彼は月光に反射した杯の酒を飲み干してまた 似てない、と仰るので、俺はひどく居た堪れない気持ちになって傍においていた帽子を無駄に引き寄せました。彼は御自分のその隻眼の目を細めます。(一つしかないその瞳は夜の闇よりも暗く美しいのですが如何せん狂気を含み過ぎてその美しさを理解されている方は少ないのでしょう。)小さく息を吐き出しますと、彼はゆっくりと腰を浮かせ俺の頬をその細い骨張った指で包むように撫でました。


「顔も、雰囲気も、その服の色も似てんのに、全然違うんだな。」


母親に見捨てられた子がふとした時に母を想って泣く様なお声です。お顔は決して泣かれる事も歪める事もなさらないのに俺には手に取るようにわかりました。この人は俺にあの方のお姿を重ねたいのです。秋の実りを思わせる飴色の髪をなさった俺の密かな憧れのあの方を。彼の瞳は俺を見たまま次第に下がってゆきます。包帯と髪と二重に御隠しになった左目がどのようになっているのか俺は知りません。ただ彼がその左眼をお見せするのはあの方だけだと言う事は理解できました。


そして俺と同じように進む道が分かれてしまったかの人を今も恨む事も追う事も出来ずに未練だけが残っていることも。

月 夜 に 辿 る 実 り の 影