カマルがに会ったのは彼がまだ十三のときだ。




木の葉の町から少し外れたところに診療所がある。さほど大きいわけではないその店には医者が住んでいるらしい。らしいと言うのはその医者をみんな見たことがないからだ。なんでも“異形の顔”をしているらしく里の人たちは近寄らない。忍の中にはカカシや紅のように好んで行く人もいるがシカマルのような子供は親に禁じられている。だから目の前にいるその人をシカマルは誰だかわからなかった。しかし件の医者である事は見て取れる。確かに異形だ。


肩上の長い前髪は少し青味がかった白髪で肌は抜けるような白。双方の目の色が黒と青で違う。そして人にしてはあまりにも完璧で異常な美貌。夕焼けに染め上げた白衣を着てその人はシカマルを見ていた。


「おい」


鈴の音のように良く通る声だ。声の質から男であることがわかる。だが、気持ちの悪いほど心地良い声だった。何もかもが異常な男。黄昏時のためにいっそう不気味に見える。何故禁じられたのかシカマルは瞬時に理解した。もっとはやくに逃げるんだった。後悔の念がシカマルを渦巻く。本来ならば彼の気配を感じた瞬間に逃げる事は可能なのだが如何せんさっきの任務で足を捻って上手く動く事が出来ないでいた。冷や汗が流れる。医者であるのだか殺されはしないだろうが噂が噂だ。なんでも子供を攫っては刃物で肌を傷つけ、内臓を引きずり出しているらしい。馬鹿馬鹿しいとは思うが完全に嘘と思えるほどシカマルはバカでも賢くも無い。どうこの場をやり過ごすかを必死になって考えているとクスリと笑う気配が近くで聞こえた。


「別に取って食うつもりはない。そのうえ内臓と引きずり出すなんて、ね。」


こっちの心の中など相手にはお見通しだったようだ。彼は気にした風もなく声をかけた場所から一歩も動かずにシカマルを見ている。


「俺はお前の怪我を見たいだけだ。勿論医者として。だが、お前が俺を警戒するなら止める。怖がられてまで治療するほど俺は親切じゃねーし、俺以外にも医者はいるからな。」
「・・・なら何で声なんかかけたんだよ。」


ふと彼の口が弧を描いた。それに驚く。不気味な笑いではない。意地の悪い笑みだった。人間の笑みだった。


「早い方が良いだろ。忍が出来なくなる怪我なら尚更だ。」








「ただの打撲だな。三日シップして安静にしてれば大丈夫だろう。」
「・・・・おい。」
「アーヨカッタ、ヨカッタ。」
「何処が忍が出来なくなる怪我だ!打撲じゃねーかよっ!!」
「うっせぇなぁ。出来なくなる“かも”だ。かも。」
「(騙された・・・・)」


ひやっとするシップを貼って男は飄々と包帯を巻いていく。バランスの良い指先が手際よくシカマルの足首を回った。最後に包帯の先を蝶々結びすると彼は立ち上がって白衣に付いた土を落とした。シカマルのソレに習って飛び起きる。見上げた空はいつの間にか橙色の夕焼けから濃い藍色へと変わりつつある。


「じゃぁな。」


気付けば男はポケットに手を突っ込んだままシカマルに背を向けていた。慌てて声をかけようとしたが何を言って良いかわからず手だけが空を切る。虚しい気持ちになった。彼は振り向かない。一度も。シカマルは小さくなっていく姿をただ茫然と眺めていた。


後で聞いた話によると男の名前は“”と言うらしい。紅はうっとりと笑って とても綺麗だったでしょう、と言ったがその美貌が本当に『綺麗』で済まされる程度ではないのをシカマルはもう知っている。に会ってから一年半。何度か親に内緒で彼がいると言われている里の外れを訪れたが不思議な事に診療所を見つけることは出来なかった。
今、そのことを思い出したのは見上げる空があの日と同じように禍々しくも美しい夕焼けが広がっているからだろう。彼が間違いなく人間であることは知っている。しかし黄昏色の光で白衣を染めた彼はやはり妖の類に似ていた。逢魔が時に遭った不思議な人だ。


逢 魔 が 時