「時には振り向く事も大切さ。」 そう言ったのは飴色の髪をした女だ。白刀を持ち、漆黒の式服を着ていた。己の半分も生きていない割りに己よりも世界を知り、道理を知り、人を知っていた。 「今がその時だとは思わん。」 「そうかな。」 彼女は面白そうに己を見ると目を細めて酒を呷る。もう六瓶空かしたが未だ酔う気配を見せない。共に飲むこっちの方が飲まれそうだ。ぼんやりと霞がかってきた頭で相手を凝視すると彼女は にやん、と独特な笑みを浮かべて己の杯に酒を注ぐ。 「時人に会ったよ。見ないうちに似てきたね。」 「・・・・嫌味か?」 「滅相もない。」 相手は笑ったままだ。誰がとは言わない。だが、瞳の奥はずっと己を見ている。 「・・・そのままでいいのかい。」 「・・・・・・・・・。」 やけに辛い酒だ。一口で飲み干す。彼女が言いたいことはわかっている。今の壬生と娘二人の事だ。そう言えばこの女は己のもう一人の娘に何処か似ていた。中性的な顔立ちや雰囲気からかもしれない。しかし所詮、似て非なるもの。彼女があの案内人ではないのだ。 「あの子達が大切なんだろう?犠牲にしてどうする。」 「・・・・・・物事には優勢順位がある。」 己が何者であるかを常に自覚していなければならない。壬生を保ち続けなければ。そのための犠牲は止むを得ない。例えソレが我が子だとしても。 ふぅ、と彼女から吐息が漏れた。失望とも諦めとも付かない曖昧な表情だ。 「空と海は何処で交わり、何処で分かれると思う?」 琥珀の瞳が己を抜けてずっと遠くを見ている。瞬く。一瞬の事だった。彼女はそのまま自分の杯に酒を注ぎ、一言 「空と海の境を引き間違えると、取り返しのつかないことになるよ。」 そう言って酒を呷った。 |
天 海 に 線を 引 く