その人は自分と同じか一、ニ個上くらいの年齢だった。 打ち寄せる波に踝までを浸してぼんやりと海を眺めている。 着物の端が濡れるのも構わない様子だった。しなやかな四肢に高い身長、そして中性的な顔立ちは一見男に見えるがその人は確かに女性である。飴色の髪は朝焼けの光に蜂蜜色へと変わり、塩を少しばかり含んだ風にゆるゆると揺れていた。は茫然と海を見つめている。着ている物は真っ白な白い奇妙な服。確か『キモノ』と言う東洋の小さな島国の民族衣装だ。写真で見たことはあっても本物を、しかもこんなにすぐ傍で見るのは初めてだった。簡素な作りだが彼女が着ると中々に様になっている。瞬間、リドルは目を見開いた。その色に。純白のソレはこの国で着る『白無垢』と同時に故人を見送る白喪をリドルに連想させるのだった。 海には彼女とリドルだけ。「何処へ行くの」リドルが訊くとは少し笑って「わからない」とやはり海を眺めて言う。「僕と一緒に来ないか」小波の音がやけに耳に付いた。「憎いだろ、この世界が。君から全てを奪った人間が。」彼女は初めてリドルに視線を向けた。深紅と琥珀の瞳がぶつかる。 「変えてしまおうよ」 まるで恋人に愛を紡ぐようにうっそりとリドルは囁いた。ひどく甘い誘惑。この言葉に何人の人間が闇に落ちたのだろうか。リドルは綺麗に微笑む。面白い人材が手に入った、と。は夏の高い空を見つめてもう一度リドルを見た。「お終いだ」さっきまでのぼんやりした琥珀の瞳が今は平静の鋭利さをもって彼を射る。「そんな事したところであの人は帰ってこない。全て終わってるんだよ」良く通る声。だけど静かな声だった。思わずリドルは顔を歪ませる。の顔は哀しみを堪えてはいたが決して希望を捨ててはいなかった。闇に落ちることは無い。リドルとは相容れない存在。忌々しい。そしてぞっとするほど魅せられた。「私には何が良くて何が悪いのかよくわからない」とは言い、そして ただ、と漏らしてが海を眺めた。空よりも深い青がそこには無限に眠っている。 人類は最初海にいた。不意にそんな事が頭を過ぎる。皮肉だ。波は『帰っておいで、戻っておいで』と打ち寄せるのに人はとうの昔に帰り道を忘れてしまっている。人と海はもう相容れることはない。 「私は壊すより守る方が性に合っているんだよ」 自分と彼女のように。 |
海 に は 還 ら ぬ