い つになく眠れない夜だった。 どちらかと言うと枕が違うと眠れない性質ではあるが、今日は本格的に眠れそうにない。はころりと寝返りを打って閉じられた障子越しに雪の影が映るのを眺めた。布団の中は自分の体温でかなり暑い。黙考しながら数回寝返りを打つとは綿の掛け布団から這い出て枕元に置いておいた綿の入った羽織を手に廊下に出た。 随分と古い時代からあるのか木造の廊下は足を勧めるたびにギィと軋む音を立てる。みんな寝静まった時間の所為かいつもよりその音が大きく聞こえ、寝ている彼等を起こしてしまわぬか心配になる。出来るだけ音を立てないように進むと、一部屋だけまだ灯りのついた所があった。確か、幸村の部屋だ。いつもニコニコ笑ってる彼を思い浮かべる。優しそうな笑顔だがサソリが食えない顔だと言っていたからそれなりに腹に一物持っている人なのだろう。あまり話した事はないが。(の相手をしてくれるのは大抵小助か才蔵だったし、彼女自身彼に近づいて話す性格ではなかったからだ) 引き返そうか決めかねていると行き成り部屋の戸が開いて中から幸村が顔を出した。驚いておろおろするとニコリといつものように笑って手招く。断る理由も勇気も無いは恐る恐ると言った様子で部屋に踏み入れた。そんなにこの部屋の主は嫌な顔もせずに微笑むばかりだ。 「さっきまで甚八と鎌之助がいてね、少し煩かったかな?」 「いえ、全然静かでしたっ!ただ、その、・・・・・眠れなくて、」 だからぶらぶら歩いてましたなんて言えない。人の家を勝手に見歩くなんて失礼にも程がある。改めて思うと自分が部屋を抜け出した事が恥ずかしくて顔を伏せた。クスリと笑う声が聞こえる。 「じゃぁ、ボクが良いものをあげようかな。はいつもイイ子だからね。」 「・・・イイ子じゃないです。」 「どうして?」 「勝手に歩き回るし、寝付き悪いし、迷惑ばかりかけてます・・・。」 そういって段々を俯いていくに幸村は笑う。 あまりにも子供の言い分で。迷惑をかけないようにかけないようにと頑張っているのだ。かわいいなぁと思った。 「迷惑だなんて思ってないよ。それもボクはもっと迷惑をかけて欲しいな。」 「・・・?」 「だっては遠慮してばかりだもの。少しくらい我儘を言ってよ。頼って、ボク達を。此処にいるうちはもボクの家族なんだから、ね。」 ゆっくりとした所作で幸村が杯に白くてトロみのある液体を注いでぽかんとしたまま自分を見ているに手渡した。甘い独特な匂い。 「お酒?」 「うん、これを飲んだらちゃんと眠れるよ。」 「でも、大人になるまで飲んじゃダメだってサソリさんが、」 「んー、これはお酒だけどね子供が飲んでも良いお酒なんだよ。だから大丈夫。飲んでごらん。おいしいよ。」 は一度幸村を見てから意を決して少しだけ飲んだ。匂いと同じ味。舌が痺れるような甘い味。もう一口と飲んでいくと幸村がいつもの笑みではなく柔らかい笑みを浮かべているのが見えた。甘酒の匂いが甘い。体の力が緩まってなんだか眠くなってきた。瞼が重い。幸村は柔らかい笑みのまま自分の頭を撫でる。 いつも微笑んでいるこの人はこんな柔らかで安心する笑みも浮かべるんだと眠気の波に流される中でふと思った。 |
夜 半 を 呷 る