間はくだらない。口先では信じるだとか愛だとか言ってるくせに結局は欲にまみれている。こんな世界いっその事消えてしまえばいい。――そう思いませんか?」


男の振り返る。ニコリと微笑んだその頬に赤黒い血が付いていた。まだ新しいのだろう。細い顎を伝って深紅が地に落ちた。男は槍のようなものを持っていてその切っ先は彼の足元に倒れている人間の腹を突き刺している。槍を引く。血が噴出して彼の服を赤く染めた。それでも気にする様子はない。足音も立てずにに近づくと背の低い彼に合わせて腰を折った。


「僕の名は骸。僕が僕に付けた。人を殺すたびに何かを亡くしていく僕には相応しい名前なのでしょう。」
「俺は、」
「あなたは。あの男が付けた名前。」
「何故それを」
「知っているのかって?」


クフフと独特の笑いが骸の喉から漏れた。真っ赤な掌がの頬を愛しそうに撫でる。赤と青の目が恍惚とした笑みを作って細められた。彼の吐息が触れそうなほど近い。


「僕はあなただからですよ。あなたが抑え付けているもう一人のあなた。ソレが僕です。」
「・・・そんなの俺は、知りません」
「知らなくたって現にいるじゃないですか。あなたの目の前に。血を欲し人を殺すことで喜びを見出すあなが。」


彼は意地の悪い笑い声を洩らし、の首筋を舐めた。体が震える。(そうだ俺はこの人を知っている)彼は笑うばかりだ。


「そうあなたは僕を知っている。だって僕の名はあなたが付けた。闇街にいたあなたが僕をそう呼んだ。ねぇ、酷い事をしていると思いませんか?あなたは今まで忘れていたようですけれど僕はずっとあなたの中にいたんですよ。あの男の飼い犬になってろくな殺しもしないあなたを僕はどんなに恨んだかわかりますか?」


爪が頬に食い込む。そしてそのまま下に引かれた。五本の赤い筋が白い頬を彩る。の痛みに歪めた顔に満足したのか骸は壊れ物を扱うようにそっと頬を撫でた。この世界は汚い、彼の低く甘い声が耳元で聞こえる。酷い眩暈がした。上と下。前と後ろ。右左がわからない。目の前が暗くなる。




気付けば道端で突っ立っていた。空が明るい。人々がを怪訝そうな顔をして通り過ぎた。手には高杉から言われた酒瓶。いつもと同じ日常。ホッと溜め息をつく。あれは夢だったのだ。知らぬ間に居眠りしていたのかもしれない。それにしても酷い夢だ。仮屋に戻ると高杉が煙管をふかしていた。その目がを捉える。


「どうしたその顔。」
「え、」
「頬蚯蚓腫れになってんぞ。」


近くにあった鏡を覗いては全身の血が引くのを感じた。白い頬には五本の筋。猫にでも引っかかれたかと後ろからの声に曖昧に笑いながらもは彼の最後の言葉を思い出していた。


この世界は汚い。それならいっそのこと壊してしまいましょう。この世界もあなたの世界であるあの男も。そうすればあなた、少しは僕のことを考えてくれるでしょう?

幽 囚 の 戯 言