白銀の髪を赤い斑に変えて戦場を駆ける。
次々に天人を斬り倒して行く様は夜叉のようだとは言っていた。
怪我した彼を手当てしたのは一回きりだが、よく覚えている。
本当に白銀の髪だった。
群青日和
「白夜叉、ねぇ・・・・。」
がしがしと銀髪を掻く。
「俺には坂田銀時っつー名前があるんだけど。」
「失礼致しました、坂田総隊長殿。」
「銀時で良いってば。それに敬語もいらねぇ。」
「もう癖ですから、坂田総隊長。」
「銀時。」
「坂田総隊長。」
「銀時。」
「坂田様。」
「銀時。」
「坂田さん。」
「銀時。」
「坂田総隊長殿。」
「・・・・坂田さんでお願いします。」
疲れ切った顔で肩を落とす坂田にはそうですか。としれっと答える。
後ろで神楽が二人の様子を不思議そうに見ていた。
「銀ちゃんとは知り合いアルか?」
「あー、俺の恋び
「たまたま攘夷戦争に参加してたまたま同じ死線を潜り抜けて
たまたま同じ性別の赤の他人だ。」
ニコリと笑っての肩に手を置く坂田に彼は表情を崩さず払いのける。
なんとなくの方が正しいと神楽は思った。
「・・・お前変わんねぇな。」
「貴方もお変わりないようで。あぁ、でも。」
そこで区切ってふわりとが微笑んだ。
苦笑だったのかもしれない。
それでも人を惹き付けるには充分な笑みで、柄にも無く坂田は
顔が熱くなるのを感じた。
「少し丸くなりましたね。」
昔はもっと刺々しい雰囲気でしたから。
そうだっただろうか。自分ではいまいち判らない。
しかし、悪い気はしなかった。
気恥ずかしかったけれど。
「ところでお前なんであんなところで倒れたんだ?」
「は睡眠不足で倒れたネ。」
話を変えようと振った話題にではなく代わりに神楽が答えた。
それに坂田は無意識にむっとしたが、それよりも何故睡眠不足になったのかを
に目で訴える。
「いろいろ俺にも仕事があるんです。」
「仕事って・・・まさか、お前、身体売って?!」
「・・・・・は?」
あまりにも意外かつ突飛な坂田の言葉には立ちすくんだ。
なんで仕事=春売りになるのか。
そしたら働いている人全員そう言うことになるじゃないか。
思考が鈍り、困惑する。
何処を突っ込めばいいのかわからない。
二の句が継げないの両肩を掴んだ坂田はいつになく真面目な顔だ。
「いくらだ!いくらでお前はその身体売ってんだ!!」
「え、いや、違うって。」
「ってか、何人?!何人相手したの?!!」
「聞けよ、人の話。」
の突っ込みもきにせず突っ走る坂田は、金に困ってんなら俺のとこに来いとか、
一人くらいなら養えるから!とか、お礼は夜の相手って事でとか、
ってか俺じゃダメですかコノヤローとか必死な顔で説得(または願望)をする。
必死すぎての額に血管が浮き出ている事に気付かない。
これは・・・とは胸の中で思った。
俺をバカにしていると受け取っていいんですよね?(ニコ)
イエスとの脳内で誰かが言ったので拳を作る。
ゴッ
思いっきり坂田の頭を殴ると意外に硬かった。
地面に伏した彼をは薄ら寒い笑みで見下ろす。
「一度貴方の頭を解剖しましょうか。」
「それが良いネ。きっと腐ってるヨ。」
隣で神楽もうんうん頷いた。
「町医者ァ?」
「そうです。町医者です。」
出されたお茶を一口飲んで静かに言う。
向かいのソファに座った坂田はだったらそう言えよ。と口を尖らした。
頭にはビニール袋に入った氷を乗せて冷やしている。
神楽は無理矢理買物に行かされて(酢昆布を好きなだけ買って良いと言った)今はいない。
「なんで町医者?お前の腕なら大江戸病院とかでもやっていけんじゃん。」
「俺はああ言う縦社会とか規則とか好きじゃないんで。
それに自分の病院なら開けるも閉じるも自由じゃないですか。」
実際は気が向かないときは閉じる事が多い。
元々はやらす為にやっている訳でもなかった。
最低限の生活さえ出来ればそれで良いのだ。
多くは望まない。興味が無い。
ただ予想以上に顧客(と言っていいのかは不明だが)が付いてしまったの事で
今回のような睡眠不足を引き起こす原因となる事はあるが、普段は多少ゆとりはある。
それに突然の休診に患者も慣れて特に驚く人はいない。
少ないと言ってもより大きく真面目な病院はあるのだ。
ちらりと見た時計はもう昼時になっていた。
しょうがない、今日も休診にしよう。
「それより坂田さんって何か仕事してるんですか?」
「しなきゃ喰ってけねぇだろ。俺万事屋やってんの。」
「へー。」
「え、何その反応。俺が万事屋やってたらオカシイですか?!」
「別におかしくは無いですけど意外ですね。ってか、働いている事自体意外です。」
「・・・お前毒舌だな。」
「なんとでも。あ、俺もうおいとましますね。書きかけの書類もありますし。」
「え!ちょっと待って!!」
そう言って腰を上げるに坂田は慌てて引き止めた。
なんですかと、不審そうに目を向けられ思わず狼狽する。
何故引き止めたのか自分でもわからない。
でももっと彼と話をしたかった。関係を持ちたかった。
あー、その、えーっと。
良い言葉が思いつかない。焦る気持ちに頭の中が真っ白になった。
「お前病院やってんだよな?場所教えろよ。
最近怪我とか多くてさぁ、お前も商売繁盛していいだろ?」
我ながら結構できの良いいい訳だ。
もそれもそうですねと、たいして興味なさそうだけど納得した。
急いで(と言っても表には出さない)紙とペンを引っつかんでに渡す。
が書き始めるのを確認してソファに寝転んだ。
バランスの取れたしなやかな指が忙しく動くのをじっと見る。
綺麗な手だ。シミ一つ無い。
伏せた睫毛は長くその奥の瞳に影を落とした。
最初見たときは化け物かと思った彼の顔は月日が経ってもやはり人間離れした美しさがある。
書き終わった紙とペンを坂田に渡し、は腰を上げ白衣の皺を伸ばした。
伸ばして直るならアイロンなんて存在しないのだが気になるのでとりあえず伸ばす。
「言っておきますけど割引とかしませんよ。」
「マジでか?!」
がばりと上半身を起こして驚く坂田には片眉を上げ、まるで当たり前の事を聞かれた母親の目付きで見下ろす。
そして傲然たる態度で言った。
「当然です。」
「でも、ほら昔の馴染みじゃん、ね?」
「ならコンビニの店長は馴染みに方には店の商品を割引しますか?
しないでしょう?それと同じです。」
坂田ははぁと溜め息をついて肩を落とした。坂田の負けだ。
ふふっとが満足気に笑う。悪戯が成功した子供のような笑みだ。
この目の前の男を口で負かすのは難しい。
いや、誰も勝てなかった。彼の親友以外は。
とは対称的によく笑う男だったと思う。
戦場でその容貌ゆえ目立つの傍らにはいつも彼がいて、自分は遠巻きで
幾回か見たことがあった。
顔は思い出せない。明るく、太陽みたいに笑うのだけが強く印象に残っている。
名前は何と言ったか。
それでは。と軽く一礼して一度閉められた戸に手を掛けるを見て、
思いつくままに声を掛ける。
「なぁ、いつもお前と一緒にいた奴、元気?名前なんだっけ。」
の後姿がピタリと動きを止めた。表情はわからない。
不思議に思って口を開きかけたときだ。
ぱっと振り向いたを見てぞくりと背筋に悪寒が走る。
の顔には何の感情も無い。
物言わぬ人形を見ているようだ。
ゆっくりと上がる双眸は底の見えない穴のように暗い。
「は死にました。」
ひどく抑揚の無い声だ。
機械的で事実だけを告げた人形は彼を一瞥すると
そのまま身体を反転して出て行った。
残された坂田はが出て行った戸をただじっと見つめる。
悔いた顔をしながら。
部屋の窓からは日が暖かく差していた。
窓の外は快晴だ。
その空をはどこか切なそうに睨み上げて煙草を咥える。
それから一度も見上げもせず、振り向きもせず、万事屋を後にした。
かみさま かみさま
キミは今どこにいるの?
(タイトルは東京事変より)