闇に浮かび上がるおぼろげな光。
どこからか聞こえた祭り囃子。
何が自分達をあんなにも魅了したのか。
グングニル
病室の窓からセミの鳴き声が聞こえる。
震わせて鳴るそれは気温の高い今の季節を一層暑くしているように思えた。
「暑いねぇ。」
苦笑混じりの声。
目の前の少女は青白い手でうちわを扇ぐ。
「そうだな。」
「うわ、平馬でも暑いって思うんだ?」
「俺でもってなんだよ。」
「だって平馬っていつもポーカーフェイスじゃん。」
「いや、普通に暑いし。冷房付かねぇの?」
ぐるりと部屋を見回すとが笑った。
「今日はクーラーの点検日だから付かないの。」
だから、はい。
手渡されたのは“祭り”と描かれたうちわ。
「あー、残念。」
言いながら横山は素直にそれを受け取ると二、三回軽く扇いだ。
ぬるいながらも風が頭皮に当たって涼しい。
ちりん
カーテンレールに付けられた風鈴が一つ、鳴った。
「夏だなー。」
「夏だねぇ。」
扇ぐ手を止め、二人、目を合わせる。
そして同時に声を立てて笑った。
転がる様な笑い声。
「あ、そうだ。これお土産。」
そう言って横山がビニール袋から取り出したのは、小さな・・・・
「笹竹?」
驚いた顔で横山の持つ青々とした竹を見つめる。
彼はの質問に頷くとベッド脇の小さなテーブルにそっと立てかけた。
「来る途中に自生してたから取ってきた。」
「それ自生じゃないと思うよ・・・。」
半眼で口もとを引きつらせる。
横山はと笹竹を交互に見た後、いつものポーカーフェイスで
簡単にこう、言ってのける。
「気にすんなよ。」
しばらく笹の葉が風に揺れるのを二人で見つめてみる。
「なぁ、短冊書かねぇ?」
平馬の発言は突発的過ぎるなぁ、と内心思いながら
は彼を見つめた。
「今、八月だって知ってる?」
「仙台は八月に七夕があるんだぜ。」
「そうだけど、今日は十七日だよ。」
「夏期間なら有効。」
「そうなの?」
「そうなの。」
いまいち納得しない
に横山は願い事を書く紙を出すよう促す。
セミの鳴き声はいつの間にかヒグラシに替わっていた。
時々鳴る風鈴は傾いた夕日に反射して白く光る。
「何書こうか?」
並んでテーブルに置かれた一枚の白い紙を覗き込む。
「は何か願い事ないのか?」
「私?んー私はねぇ・・・・あ、カキ氷食べたい。イチゴミルクのヤツ。」
「食い物かよ。」
「そう言う平馬は?」
「たこ焼き食べたい。」
「私と大して変わんないじゃん。」
「それから祭り行きてー。」
「流すなよ、もう。」
口を尖らせて横の邪魔な髪を耳にかける。
日に焼けていない首筋が悲しいほど白かった。
「祭り・・・・かぁ。」
はくるりとペンを回す。
小さい頃は近所の夏祭りに行く事がとても楽しみだった。
夜気の匂いが漂うまで待ちきれなくて、玄関を行ったり来たり。
母親はその姿をよく物陰から見つめていたらしい。
先日笑いながら話してくれた。
「俺、思うんだけど祭りのときって食べ物高くね?」
たこ焼きなんて四百五十円するんだぜ。
「そうそう。でもつい買っちゃうのよねぇ。」
「特に欲しいわけでもないのにな。」
横山の言葉にが同意する。
思えば祭りそのものの雰囲気が好きだったのかもしれない。
遠く聞こえる太鼓の音に心を躍らせ
行きかう人の流れに逆い
神社に続く道に沿って立つ屋台に無意識の内、ポケットの中のお小遣いを握り締めた
「水あめって食べづらいよね。」
「そうか?」
「それに値段の割りに美味しくない。」
「でも買っただろ?」
「・・・・わかる?」
「俺もそう思って買ってた。」
「祭り行きてー。」
「行きたいね。」
「もう今年は無いもんな。」
「残念。」
「来年行こうぜ。」
「・・・来年?」
「そう、来年。」
横山が笑う。
それを見ても笑った。
「行こうな。」
「行こうね。」
時期はずれの笹竹が風に揺れる。
その葉には少し丸文字気味に書かれた白い短冊が結ばれていた。
“来年はお祭りに行きたい 、平馬”
それは、余命一年と宣告された彼女の神に対する小さな抵抗。
同時に、生きてほしいと思う彼の言葉にならない願望。
ちりん
また一つ、風鈴が鳴った。
まだまだ残暑の厳しい夏の夕暮れ。
しかし確実に秋は足音を立てて近づいている。