薔薇色に染まる、と言うのを初めて見た。 「、」 呼ぶと本に目を落としていたが顔を上げた。 集中していたのかいつもよりぼんやりしていたけど、すぐに茶色の目を瞬いて「出来た?・・・・・と聞くのは愚問かな」と机の上のまるで進んでいない計算ドリルを見てため息をつく。失礼だな。眉を寄せて睨むと呆れ顔のまま「キルアは頭は良いのに興味のない事はまったくダメだね。」と肩をすくめる。すると猫っ毛の髪が首にかかり、蝶の刺青を隠してしまった。 「計算は嫌い?」 「計算っつーか、勉強は全部嫌いだよ。好きなヤツの気が知れないね。」 鼻を鳴らすと、は喉を震わせて笑う。 何度見ても不器用な笑みだ。ミルキは「は笑い方を知らない」と言っていたけど、まさにそうだと思う。困ったような悲しいような顔。お袋は「育ての親に問題があるんだわ!ちゃんはあんなに良い子なのに」と憤慨していた。 どうやらお袋はをいたく気に入ったらしい。 最初はミルキの恋人だと勘違いしていたようだけど(ミルキが全否定していた。は友達として好きだけど恋愛には絶対発展しないって。)誤解が解けてからも「それならイルミなんてどうかしら!年は少し離れてるけど、愛に年齢の差なんてなんだから!!あ、キルでもいいわ!」とかなり乗り気で、さらに「ソレがダメなら養女で!」と引き取る気満々だった。ちなみにその時はミケと交流を楽しんでいて不在で(交流って言ってもただひたすらミケと向き合っているだけなんだけどね。お互いがお互いをガン見して一切会話はない。なのにミケはに懐いているみたいだ)、その場には家族と執事長のゴトーが揃っていた。 「・・・・ふむ、いいんじゃないか。 殺しに抵抗はないようだし、それに博識で俺も教えられる事が多い。ずっと居てもらうのも悪くない。」 お袋のキンキン声に一番最初に頷いたのは親父だ。 顎に手を当てて少し考えた後、「どうだ、イルミ。」と横に座る兄貴に行き成り問いかける。兄貴は黒い両目をきょとんとさせて、 「別に煩くないし、いいよ。」 滅茶苦茶すぱーっと決まってしまった。 前から思っていたことだけど、うちって思い切りがいいというか、動じないというか、決断が早い。しかも相手の意思無視で進むよな。まぁがずっといてくれたら俺も嬉しいからいいけど。でもブタ君は違ったらしい。「だ、ダメだ!」と慌てた様子でノーを主張する。すかさずお袋が「あら、どうして?!ちゃんがイルミのお嫁さんになったら一緒にいられるのよ?」と責めるように言えばブタ君は苦々しい顔で「それはまぁ、俺もそうなってくれたら嬉しいけどさ。・・・今は色々大事な時期なんだって」とごにょごにょ言う。でもそれきりブタ君は理由を口にしようとはせず、会議はあやふやなまま終わった。 「ここまで終わったら休憩入れよう。」 が指差したのは次のページの最後。計算問題が10問もある。嫌な顔をする俺には「わからなかったら聞いて」と全く取り合わない。少し殺気を込めて睨んだのに眉1つ動かさない。細い体と気弱そうな顔とは反対には度胸があった。いや、冷静さか。自分を殺そうとしている殺気か、そうでないかを瞬時に見分け、冷静に対処する。以前それについて親父が聞いていた。この業界でもこんなに冷静に対処できるのは珍しいって。彼女は「保護者にそう躾けられました」とどこか照れた様子で答えていたのを覚えている。いつもそうだ。は保護者の話になるといつも照れくさそうな顔をする。 「なぁ、」 「ん?」 「の保護者ってどんなの?」 「え、」 予想外の質問だった所為かは目を丸くさせて固まってしまった。返答に困ってるのかもしれない。次いで「お袋に聞いたらろくでなしだってゆーからさぁ。」と続ければ「あぁ」と納得したのかはうんうんと頷き、苦笑いで「夕食の時に『保護者に連絡しなくていいのか』ってシルバさんに聞かれてね、『女性に事欠かない人ですし、私の変わりはいくらでもいるので大丈夫です』って答えたらキキョウさんが『そんな保護者捨てておしまいなさい!』って」・・・・確かにろくでなしだ。そんなのの何処がいいんだろう。 「全然良いトコないじゃん。」 「そんな事ないよ。」 強めの言葉。が即答するのは初めてだ。 少し驚いた。はムッとした顔で保護者について語りだす。料理が下手なところとか、我侭なところとか。それは長所じゃないだろうと思うが、が生き生きと話すから黙っておく。それから初めて会った時の話をはした。 「生まれた時の記憶とかないんだ。気が付いたら流星街にいたから。一緒にいてくれた人が居たんだけど死んじゃってどうしようもなくて、空ばっか見てた。そんな時クロロが現れてね。大きな手だったなぁ。こう、ぐしゃぐしゃって頭撫でてくれたの。嬉しかった。クロロはもう忘れてるかもしれないけど、抱き上げてくれた感触とか今も覚えてる。」 だからそれで充分・・・充分なんだ。 何が充分なのか俺にはわからないけど、そんな事を呟きながらもは全然満ち足りたような顔はしていなかった。眉を寄せて苦しそうな顔で、不器用な笑い方をする。なのに赤褐色の双眸は熱に浮かされたように潤んでいる。その目はお袋の目に似ていた。お袋が親父との出会いの話をする時の目。 「あの人は突然私の前に現れて何も言わずに流星街から私を攫っていったのよ!あのときのあの人、素敵だったわぁ・・・。銀色の髪が夜の空にふわーって流れて、うふふ、本当に綺麗だったのよ。」 そんな話俺はまったく興味ないんだけど、お袋は事あるごとにその話を幾度となくした。 そんなお袋をミルキは“恋する少女”と呆れ顔で言っていたのを覚えている。の目はまさしくそんな目だった。熱っぽくて潤んでいて、どこか甘い感じの目。“恋する少女”そのものだ。そこまで考えて、俺はあることに気が付いた。瞬間、俺の思考回路は驚くべき速さで数々の謎を解き始め、コンマ1秒後にはある答えに行き着き、俺は思わず呟いたのだ。 「はクロロが好きなんだな。」 「・・・・・・・・・・・・・・は?」 そうだ。だからこんなに熱っぽい目をしているし、不安そうな顔にもなるのだ。(お袋は言うには恋をすると女は不安になるらしい。「もうあの人しか見えなくてあの人に近づいたメイドを何人殺した事か」なんて笑っていっていたお袋に俺は背筋がゾッとした)ミルキが「大事な時期」と言っていたのも頷ける。 「はクロロに恋をしている!そうだろ?!」 「・・・そんなことは、」 「いやしてるね!その人の事ずっと考えるだろ?んでもって、胸がもやもやすんだろ?女は恋するとそーなるんだぜ!その人が誰かにとられるんじゃないかって不安なんだって。」 すべてお袋の受け売りだ。 が「恋・・・・・・・・・、」と呟く。色々考えているみたいだ。まぁ冷静なにお袋のようなアグレッシブな態度は求めていないからいいけど。ただ少しは何か変化があるんだと思っていたのに。いつも通りだ。でも俺の身近に恋している人がいるというのは珍しい。つーか、初めてじゃないだろうか。(お袋は除く。いくら恋する乙女だって包丁を振り回す女を俺は“恋”と結び付けたくなんかない)とにかく俺は珍しいケースに有頂天になっていた。だからまさか、 「そーそー恋!はそいつが好きでしょうがないんだよ。恋をするってそーゆうも、の」 「・・・・・・・っ?」 冷静だったの顔。 その顔が今までにないくらい紅潮している。 カチンと固まった体は白いのに首から上が燃えるように赤く、あの蝶の刺青すら赤い。 薔薇色に染まる、と言うのを初めて見た。 |
攫ってくれなくても触ってください
(それだけで私はこんなにも嬉しいんです)
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