理由は俺とがどういう状況であれ、同じ室内でケーキを食べたからだ。
「短い時間だったとしても他のやつより多く過ごした奴の方がコイツだっていいだろぉ」とスクアーロがニヤニヤしながら目の前の肉にナイフを滑らす。俺はお前に向けてナイフを滑らせたいよ。「お前が1番若造なんだ、年功序列的にお前が世話するのが当然だろ」とレヴィが気持ち悪い笑みを浮かべて(本当に吐くかと思った)パンにバターを塗る。お前、パンにバターって顔かよ。鏡見て出直して来い。「そうだよ。ベルが1番年近いんだしいいじゃないか」とマーモンが2人を援護する。赤ん坊のお前にだけは言われたくない。本来なら子供好きのルッスーリアが世話すりゃいいのに、運悪く明日から2ヶ月日本に出張だ。それにアイツの部屋は男の死体がゴロゴロしているから最初から無理なんだけど。そう、部屋。の部屋が整うまでアイツと部屋を共有しなければならない。そんなの絶対無理。俺の部屋は俺だけのものだろ。お守なんて断固として拒否だ。なのに、


「ベル、」
「・・・・・何、ボス。」
「テメェが世話してやれ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」




まぁ、結局みんな厄介事を回避したいのだ。
を横目で見る。自分が話題に上っているのにコイツは目の前の肉を切るのに夢中になっていた。まったく子供は気楽で良い。自分がどれだけ厄介であるかすら認識していないのだろう。そう思うとこれから俺がコイツを世話しなきゃいけないのが重くのしかかってきてため息が出た。



*****


「いいか、俺が許可したもの以外絶対触るな使うな持ち出すな。それから余計な事はすんなよ。」
「はい。」
「敬語もいらねぇ。うぜぇだけだし。」


部屋の中のものを蹴散らしながら前に進むと後ろから「うん。」と言う声が聞こえる。
振り向けばは目を四方八方に廻らせていた。脱ぎ捨てられた服、散らばったアクセ、放り投げられた菓子缶。基本的に自分の部屋を誰かに踏み込まれるのが嫌で、掃除は2週間に1回メイドを入れるだけにしている。ルッスーリアには脱いだ服くらいは洗濯籠に入れろとか言われるけど、面倒だし王子の俺が何でそんな篭まで服を持ってかなきゃなんねーンだ、って話だ。


「あーメンド。風呂入って寝る。お前着替えくらいは持ってきてるだろ。」


じーさんだってコイツの体1つで預けるほど非常識ではない。
現には大きなカバンを持っていた。茶色いカバンはその年の子供が持つには些か渋く、18の俺だって持ちたくないセンスだ。それをはなんとも思わず持っている。多分コイツのセンスも悪いんだろう。服だって全然似合ってない。目鼻立ちが薄いの顔ではレースやフリルのついた服は映えないし、そもそも顔が服に負けてしまう。はカバンから着替え一式を取り出して、同じようにタンスから着替えを取り出した俺を怪訝そうに見た。


「なんだよ。」
「・・・一緒に入るの?」
「自分の立場わかってる?メンドいっつってんだろ。全部早く終わらせたいの俺は。口答えすんな。」


つーか、誰もお前の裸なんかで勃たねぇっつーの。
本当に勘弁して欲しい。7歳のガキの裸見て興奮するほど俺は寂しい男じゃないし、いっぱしのレディ気取るなら10歳過ぎてからにしろって話だ。俺だって10歳過ぎてる女の子ならそれなりに気遣い位する。と言っても精々風呂が別って位だけど。はまだ何か言いた気だったけど俺の苛立ちを感じ取ってか、諦めたように何も言わなかった。







「お前さぁ、いつもそんなに無口なの?」


頭も体も洗い、興味深そうに泡風呂の泡を手で弄るを眺めていたらそんな疑問が浮かんだ。
服を脱ぐ時も体を洗う時もは何も話さない。唯一話した言葉は「シャンプーとボディソープ使っていい?」だけだ。いや許可取れっていったのは俺だけどさ、もっと愛嬌くらい売れ、と思う。濡れた髪を後ろに流し、は俺をちらりと見た。趣味の悪い服を着ていたからわからなかったが、中々聡明そうな顔をしている。


「そうでもないよ。面倒な事ばかり質問するってよく言われる。」
「例えば?」
「私の養父になる人はどんな人か、とか。」


そりゃ面倒な質問だ。
俺だって答え辛い。一言で言えば暴力的。二言で言えば暴力的且つ身勝手。俺が言えた義理じゃないけど、ボスは俺よりも我侭だ。まぁ他人の意見をねじ伏せるほどの力があるからこその我侭である。俺はソレよりも力がなかったってだけだ。


「ベルさん。」


初めてが俺の名を呼んだ。
それにぎょっとする。まるっきり無防備だった。急に呼ばれるとどうしていいかわからない。
そんな俺をよそには黒い目を俺に向ける。


「無理だったら拒否していいと思うよ。」
「は?」
「ここの人たちが私を歓迎していないのはわかってる。というか、此処はそういう機関じゃないわけだし。そもそも養子縁組だって本来は縁組を希望する人物の実印が必要なんだから、九代目と呼ばれるあの人がいくら偽装した所で訴えればすぐに無効になる。訴えなくても縁組するには当事者同士が長い時間かけて付き合ってから契約を結ぶんだし、相性がわからない状態で契約する事自体いつ無効になってもおかしくないんだよ。」


は息継ぎ無しにそこまで言うと、最後に「だから“あの人”が拒否しても、それは命令違反とかじゃなく多分当然の事なんだ。」と付け足した。よくもまぁ、そんな小さな体から大人顔負けの理論が出るものだ。あまりにもちゃんとした筋道で語るものだから俺は一瞬唖然としてしまったよ。


「・・・・お前7歳のクセによくそんな事知ってんな。」
「孤児院の人間は皆知ってる。」


そこで俺はが孤児院からやってきた事を知ったわけだが、だからといってこっちが気を遣う要素なんて1つもないし、王子は愚民と違うのだ。適当に流して雫の垂れる前髪を後ろに掻き揚げる。は俺をじっと見て「アイスブルーの目の人初めて見た」と呟いた。コイツも特に拘って欲しいわけじゃないらしい。


「当たり前じゃん。高貴な色だから。お前の目の色は一般的だな。」
「日本人はそんなものだよ。」


時々茶色の目の人はいるけれど、そう付け加えたは俺の目の色にはもう興味を失ったのかまた泡を弄くっている、失礼な奴だ。それにしてもは見かけによらず賢いのかもしれない。大人の事情を雰囲気で感じる子供はそれなりにいるが、あんなにまで理路整然と説明できる奴はそうそういないと思う。俺が今まで見てきたガキはどれも煩かったし、気に食わない事があれば泣いて親に強請っていた。を見る。今のところ我侭を通すつもりはないようだ。まぁ、我侭を言ったら“自分の立場”ってのを死なない程度に体に教えてやるけどね。俺がそんな事考えているなんて思っていないだろうは「あと、言い忘れてたけど」と泡を弄ったままぽつりを呟いた。


「私、7歳じゃないよ。」
「あ?」
「10歳だよ。」



・・・・先に言え!!!



*****


一言断っておくが俺はロリコンじゃない。
巨乳が好きだし、くびれも好きだ。つるぺたなんて興味は一切ない。ただ少し言うとするならの体はやっぱり10歳にしては育っていなかった。10歳っつったらもっとこう、女への成長過程が現れるわけで、ちまたではそういうのを第二次性徴期というらしく其れを経て女になっていくらしい。そんな大事な過程の時期なのにの体はまるっきり成長を見せていなかった。これは大丈夫なのだろうか。医者に診せる必要とかあるかもしれない。と、そこまで考察したとき体を拭いていたと目が合い、さり気なくタオルで体を隠された。いや俺ロリコンじゃねーから!見てたけど!そういう意味で見てたわけじゃねーから!もっとまともな意味で見てただけだから!!「ベルさんロリコンなの?」とか言ってくれれば弁解できるのに、空気を読むのが上手い利口なは結局何も言わず、俺はロリコン疑惑をに待たれた可能性を秘めたまま風呂から上がる事になった。王子としてこれ以上の屈辱はない。


幸いにもと言うべきかヴァリアー幹部全員のベッドはレヴィサイズに作られていて、が転がり込んできたとしても十分余裕があった。ベッドの端に積まれた服やらアクセやらを蹴り落として毛布を引っ張る。普段は俺1人で使ってるからベッドが他のものに侵略されていたとしても寝るスペースがあればそれでどうにかなってたけど、今回はそうもいかない。後ろで突っ立っているを押し込んで自分も毛布に入る。今日1日いろんなことがありすぎて凄く疲れた。これからこんな疲労が続くなんて考えられない。スクアーロあたりにでも・・・・って、あいつが子供なんて育てられないか。スクアーロはルッスーリアとは全く正反対で子供が大が付くくらい嫌いだ。アイツに任せたら次の日は胴と足の半分になっているかもしれない。隣でが寝返りを打った。子供体温と言うのか傍にいるだけで暖かい。


ボスはどうするのだろう。
この先じーさんの命令通りを育てるんだろうか。それともが言うように無効にするんだろうか。ボスだってバカじゃない。ボス本人の実印のない書類ならいくらじーさんの命令だろうと覆せる。しかし覆したとしても今度は実印を押すように命令されるかもしれない。ボスが子供を育てる。それに何の意味がある。じーさんの意図がわからない。ただ単にじーさんの気まぐれなのか。それなら無効にしてもソコまで拘ることもないだろう。は孤児院に帰り、俺達は今まで通り任務に取り掛かる。だけどもしじーさんが拘りを持っていたとしたら、ボスが子供を育てる事に意味を勝手に見出していたとしたら、と入れ替わりにまた違うガキが来るかもしれない。今度は煩くて我侭なガキかもしれない。それならまだ聞き分けのよさそうなの方がマシだ。


寝つきがいいのかはもう寝息を立てていた。
目を閉じて半開きの小さな口からすうすうと気持ち良さそうに息をしている。その顔はまだあどけなく、やっぱり年相応には見えなかった。しばらく頬杖を付いてを観察していたらは行き成りくしゅん、とくしゃみをした。ネグリジェタイプの寝巻きは首が開きすぎていて寒そうだ。フリルのふんだんにあしらわれたソレは見てくれは可愛いけど、には合わないしそもそも機能性は優れていない。寒いはずだ。毛布を引っ張ってかけてやる。薄々気付いてはいたが、コイツの服はじーさんトコの大人が勝手に選んだ奴だろう。趣味悪すぎ。


「明日は買い物かぁ・・・。」


とりあえず最低でも寝巻きを買いにいかないと間違いなく風邪をひく。そしたら俺が面倒見なきゃならない。厄介事が起こる前に予防する必要がある。あとは下着と上下の服。俺といる以上趣味の悪い服は却下だ。俺の沽券に関わる。ワンピースは必須だし、デニムのパンツも最低1足欲しい。ロング・ショートのスカート各1着とどれにでも合わせられるカーディガン、パーカー、チュニック。あとまだ寒いからコートも買って、それから靴も買わなきゃいけない。まったく、買うものが多すぎて憂鬱だ。