キミは 人より少しだけ 不器用な奴


それを 誰よりも 私は知っている









アルエ








「俺さ、どうすればいいのかわからない。」

私の部屋に入ったと途端、ベッドに背を預けて平馬がぽつりと言った。
こいつにしては珍しいその言葉に今まで読んでいた雑誌を閉じる。

膝を抱く平馬の後姿

無造作に切られた毛先がちょっと跳ねていた。

「コーチに言われた。『お前は協力性が無い』って。俺も自分がそういうのが苦手なのはわかってんだけど、
どうしても治らないんだ。」

いつもより雄弁に早口に言うのは平馬がパニックを起こしてるときの癖だ。
学校でも家でも無口、無表情なこいつは誤解されがちだけど
本当は誰よりも繊細で臆病者。

でも 其れを知ってるのは私だけ。


「チームメイトにも『もっと協力しろ』って言われて一応頑張んだけど、
それが裏目に出て酷くなって、ため息つかれた。」


そこで一旦切って平馬はため息をついた。
外の雨の音だけが聞こえる。
沈黙が部屋を支配した。
私は黙って平馬の次の言葉をひたすら待つ。

「だけど今日東海の選抜の発表で俺一人が行く事になちゃって、帰りに上山っていうチームメイトに
殴られた。だから右頬さわんなよ。」

今日初めて平馬が私に顔を向ける。
眉を多少寄せて不機嫌そうに私を見るこいつの右頬は赤く腫れていた。

「ばーか。」

私はこいつのデコにおもっきしデコピンを御見舞いすると洗面所から濡らしたタオルを持ってきて
患部にあててやる。

「・・・・さわんなって言ったじゃん。」

「さわんないとは言ってないじゃん。」

お互い遠慮なく数分睨み合う。
横山の目は死んでいる、とか気持ち悪い、とか見もしないで奴らは言うけど
本当はとっても綺麗で生き生きしている。

それも 知っているのは私だけ。


「で、クソつまんない話の続きは?」

平馬の隣に座ってさっき下に下りた時に持ってきたガリガリ君を口に放り込む。
砂糖の味がした。

「女がクソって言うなよ。しかも俺の分は?」

「ない。」

「・・・・・。」

「男がそんくらいで怒るなって。しょうがないなぁ、ほれ。」

ずいっと持っていたガリガリ君を平馬の顔のまん前に差し出すと彼は数秒止まって
それからぱくりと半分食いやがった。

「あぁ!何半分食ってんの?!っていうか、アイスは舐めるモンだろ!」

、うるさい。アイスの一つや二つで大袈裟過ぎ。」

「最後の一つだったのに・・・・。」

半分になったアイスを目線まで持ってって眉を寄せるが平馬は知らん顔。
ぷいっと反対を向いたままアイスを消化している。

でも 横目であたしを伺っているのを あたしは知ってる


「無くなったモンはしょうがない。で、何処まで言ったんだっけ?」

「・・・・・・・。」

「殴られたところまでだね。」

「わかってんなら聞くなよ。」

「条件反射、条件反射。」

「違う気がする・・・・・。」

「良いから話せよ。」

脱線するのを戻してあたしは平馬を促す。

「・・・・それで終わりだよ。」

奴はため息をついて目を伏せた。
伏せると意外と睫毛が長い事に気づく。

「嘘付くな。」

「嘘じゃない。」

「嘘だよ。あんたは嘘付くとき必ず目を伏せるんだから。」

呆れ声で言ってやると平馬は弾かれた様にあたしを見た。
そして諦めたのか小さい声でぼそぼそ喋りだす。

「殴られたときに『辞退しろ』って言われた。『サッカーはチームプレーだ。
お前なんかが行ったって途中で帰ってくるのがオチだ。クラブの名前を傷つける前に辞退しろ。
スカした顔しやがって最初から気に入らなかったんだ。クラブも辞めちまえ。』」

「俺さ、サッカーは好きなんだ。選抜だって行きたい。でも、俺が行ったらクラブの名前を
傷つける事になんのかな。俺はどうすればいいんだろうな。」


相変わらず無表情な顔はそのままで、喋る声には抑揚が無い。

だけど あたしは知っている

平馬が表情を出さなくなったのは人一倍プレッシャーに弱くて其れを隠すためで

声に抑揚が無いのだって人間が怖くて喋るたびに震える声を抑えているから

本当はとても弱くて臆病な平馬。

人より少しだけ不器用なだけなのに・・・・


「平馬がしたいようにすれば良い。サッカーがしたい、なら選抜に行きなよ。
上山だか何だか知らないけど、そいつが言った事なんて気にすんな。選抜に選ばれたあんたに
妬いてるだけなんだから。」

「・・・・・・・・・クラブの名前を傷つける事になるかもしれない。」

「そんな物クソくらえだ。あんたはサッカーがしたいんでしょ?クラブなんて関係ない。
あんたのやりたいようなサッカーをすれば良いじゃん。協力性に欠けてる面はこれから補え。
そうすれば平馬を認めてくれる人がきっと出てくるよ。」

「・・・・・・・・出るわけないじゃん。」

「あたしが出るって言ってんだから出るんだよ。」

「・・・・出なかったら?」

「出るっつの。それにもし万が一出てこなかったとして、あんたの周りが敵だらけになったら




あたしがあんたと一緒に戦ってやるよ。」




挑むように不敵な顔で言ってやった。
隣で驚いた顔をした平馬があたしを見る。


「一緒にサッカーは出来ないけど平馬が楽しくできるようなクラブを見つけてやる。
約束だ。だから選抜に行って思いっきりやって来い。」


当然だろ?

あんたとあたしは親友なんだから


そう言うと今日初めて平馬が笑った。






いつかこいつの心に巻きつく包帯が解けるといい

こいつが思いっきりバカ笑い出来る日が来るといい




青い傘を差して家に帰る平馬を窓から眺めてからそんな事を考え、あたしは再び雑誌を開く。









それから数週間後、山口圭介という男の話がしょっちゅう平馬の口から出るようになった。









あとがき
親友ネタ。この人は人付き合い苦手そうって話。
感想あると嬉しいかも。