墨で塗ったくったような黒装束に黒い帽子。
すべてを闇に溶け込ませる中、白い肌が目を引いた。風になびく茶灰色の髪は懐かしい。


「・・・?」


ほたるの問いかけるような言い方にソレは闇の中ニヤリと笑った。










愛ってなぁに?












「お初にお目にかかります。俺の名は。」


赤く燃える焚き火を囲む四人の男に向かってはぺこりと頭を下げる。其の隣でほたるは黙ってを見ていた。


「へー、ほたるに友人がいたなんて意外だな。」


ニヤニヤと笑いながら梵天丸がほたるの髪をぐしゃぐしゃと混ぜる。他の二人、灯とアキラも同じような顔をしていた。


「お前と違って随分礼儀正しいのな。」
「しかもイイ男じゃないv」


うっとりと灯が頬を染めて溜め息をつく。それには苦笑し、アキラと梵天丸はまた始まったよ、と呆れ、ほたるは少し不機嫌そうな顔で梵天丸の手から逃れながら言った。


は女だよ。」


一瞬三人の動きが止る。
目を丸くしてほたるを見、それからを見た。見られたは力無い笑みを浮かべて


「一応、女です。」


とやはり力無い声で言った。
其の後、灯の声にならない叫びが森中に響き渡る事となる。










「確かによく見りゃぁ女だな。」
「えー、ショックー・・・。」
「灯の場合、女の方が都合良いだろ。」
「どう言う意味よ、アキラ。」
「だっておと「アーキーラー?(にっこり)」
「ちょ、く、首絞まってるっ!」


「助けなくて良いのか?」
「いつもああだし。」


死闘が繰り広げる中、ほたるは平然と答える。


「へぇ、ほたるは混ざんないの?」
が俺のこと"ほたる"って言うと気持ち悪い。」
「うわ、ひどっ!」
「ホントの事だし。それより何で此処にいるの?」


口調はいつもと変わらないのに目付きはきつい。瞳の奥には少し剣呑さが宿る。 は苦笑一つ。


「別に連れ戻しにきたわけじゃない。仕事の帰りに寄っただけ。」
「・・・そう。」


ほたるから鋭さが消えた。
はまた笑った。今度は複雑そうに。


「さて、帰るかな。」
「もう帰るの?」
「うん。お前が元気なのもわかったし、あんまり長居するのも悪いだろ?」
「そんな事ない。」
「即答ですか。ほたるが良くても他の方々が気にするんじゃ
「えー!もう帰るの?!灯たんもっとの事知りたいわ!」


行き成り灯に抱きつかれたは驚きながらも安底羅で慣れてるためそんなには反応しない。困った笑顔でやんわりと


「しかし、折角気を休めている皆様にご迷惑をお掛けするわけにもいけませんから・・・。」

と言う。




「すっげーまともな人じゃん!」
「本当にほたるの友人なのか怪しいところだぜ・・・。」


隅で梵天丸とアキラがこそこそと失礼極まりない会話をしていたのは別の話。




折角きたんだし、と言う灯の一言では夕飯をご馳走される事になった。あくまで迷惑になるんじゃと戸惑いを見せただったがアキラも梵天丸も灯に賛成を示し、さっきから黙ったまんまの狂は何も言わなかった(嫌だったら何か言うだろうし)のでお言葉に甘える事にしたのだ。ほたるに関しては“それがいい、ぜったいぜったい、そうするべきだ”とが承諾するまでずっと言っていた。


「そうと決まれば、ボン!アキラ!ほたる!!」


にっと笑う灯に三人は嫌な予感が脳内を横切った。


「行って来い。」


びしっと効果音付きで灯の指が森を指す。
つまり、狩って来いと。


「なんで俺達が行かなきゃなれねーんだよ!」
「たまにはテメーが行けよ。」
「そうだ、そうだ。」
「うっさいわね、働きバチが女王バチに歯向かうんじゃないわよ。」


鼻を鳴らして さっさと行って来いとサインを送る。それに三人も負けずに抗議した。 しかし灯に勝てるはずもなく不平を言いながらも腰を上げた。は仲良いなぁと微笑ましく見ている。




「灯。」


低い声がその場を制した。
がまだ聞いた事の無い声。
ずっと黙っていた鬼の眼狂だった。


「なぁに狂v」


くるりと後ろを振り返る灯の顔はさっきとは全然違う笑顔、笑顔。




「お前も行って来い。・・・・少し、コイツと話がしたい。」


狂の視線の先には
も平然と狂を見た。


「・・・そう、わかったわ。」


いつもなら、どーしてぇ?と言う言葉が灯の口をつくはずだ。
だが、そう言わなかった。言ってはいけない気がしたのだ。


この二人には何かある。


不確かな確信。ソレを感じたのは灯だけではないようだ。ほたるの目が細まる。しかし、何も言う事無く二人を後にした。











「随分と久しぶりじゃねーか、壬生の“案内人”。」


真と静まり返った森の中に狂の声は良く響く。
は笑う。


「覚えていてくださいましたか。」
「はっ、」


鼻で笑う狂にあくまでは笑顔を向ける。


「お元気そうで何よりです。」
「嫌味か?」
「滅相もない。村正様もお元気ですか?」
「・・・さぁな。」


「そう、ですか。」


ゆっくりとが目を伏せた。
口元は上がっているのに寂しそうに笑う。


「鬼の眼狂様、一つ伝言を頼まれて頂けないでしょうか。」


ぱちりと小枝が爆ぜた。
紅い瞳がを射る。狂は何も言わない。是も非も。ただ黙っているだけ。
はそれを是として捉えた。本当は非だったのかもしれないけれど、その時はその時だ。言わずに後悔するよりも言って後悔した方がいい。自分の都合よく捉えるのはの美点なのかもしれない。


「もし村正様にお会いになることがあればこうお伝えください。」


伏せた目が持ち上がり逆に狂を射抜いた。
黒い睫毛から覗く黒い瞳。


「俺は貴方を恨んでいません、だから貴方が納得いく道を進んでください。と。」
「本当にそう思えるのか?」


突き刺さるような狂の声には柔らかく笑って頷いた。
冷たい風が二人を通り抜ける。冬はすぐそこまで来ている。


「村正様はとてもお優しい人であるからずっと俺の事を気にしているでしょう。
でも、俺はこうやって好き勝手生きていますし、それに。」




壬生の人はみな自分に優しい。
陰口を叩く人もいるが心配してくれる人もいる。


それは、多分、とても幸せな事なのだと思う。




「俺はこれでもかなり幸せですから。」




笑うを狂は少し目を細めて見つめた。
嘘を吐いているようには見えない。


「もう村正様が幸せになっても良い頃です。」


隣に置いていた帽子を掴んで被るとは立ち上がった。
その拍子に茶灰色の髪が揺れる。


「行くのか?」
「ええ、皆様によろしくお伝えください。」
「もう少しいろよ。お前が帰ったらほたるあたりが煩せぇからな。」


がしがし髪を掻いて面倒そうに言う。彼がそんな事を言うのは珍しい。去るものを引き止めるなど。彼は彼なりにを気に入っているのかもしれない。
の口元が上がる。


「そう言うわけにもいきませんよ。・・・別れるのが辛くなりますから。」


寂しそうな笑い。
ほたるとはもう会う事は出来ないのをは知っていた。


「ほたるは壬生に居るべき人じゃないんです。自由な“外”に居るべき人なんです。 ・・・・・もう“こっち”には戻ってこないでしょう。」


壬生に連れて帰るわけじゃないと言ったときのあの、ほっとした顔。父親に殺されかけた彼。人間不信になってしまった彼。壬生から出て行った彼。久しぶりに会った彼の顔は相変わらずの無表情だったけど、どこか楽しそうで活き活きしていた。


(・・・もう自分の足で歩けるんだな。)


それは嬉しくもあったけれど寂しくもあった。


「・・・・それでお前はいいのか?」
「わかりません、でも、俺ができる事はこれくらいですから。アイツには出来る限りの事をしてやりたい。」


それが自分とは違う道を歩む事となっても。
深く帽子を被り直す。


「それでは。・・・ほたるを頼みます。」


そう言って壬生の“案内人”は闇に消えていった。
一人残った狂はが消えていった方角を眺め、それから騒がしい
四聖天の声にゆっくりと瞳を閉じた。







( 判りにくい彼への愛)