人殺しの父親を持つ息子 と 禁忌を犯した息子を持つ父親
奇妙な運命を辿って今 対峙する
親子
「ハリー・ポッターから離れろ。」
もう一度静かに言い放つ。
周りでは転がった松明の炎がパチパチと音を立てて二人を照らした。
には何の表情も無い。
混乱も憎悪もましてや悲嘆の色も一切無かった。
軍人の顔。
物覚えの良いが軍に入って最初に覚えた事は罪人に対する“無”。
何かに囚われるな
感情を見せる事は“死”を意味する事だと思え
約一年と三ヶ月、ずっと言われてきた事。
それを彼は今、改めて実感する。
彼は目の前にいる己の親を罪人と下したのだ。
「ハリー・ポッターを殺す事は俺が許さない。」
深紅の瞳がヴォルデモートを射た。
「・・・ではどうするのだ?」
低い静かな声。
しかし嘲りを含んだ声だった。
「・・・・・・・・・・・。」
は口を引き結んだまま相手を睨む。
そこには確かに動揺の色が見え隠れしていた。
一層、ヴォルデモートが笑う。
「俺を殺すか?」
その言葉が決定的となった。
からん・・・・虚しい音を立てての持っていた杖が落ちる。
右手が異様に震えて、眼元は青冷めていた。
伏せた瞳からは抑えられていた感情が今にも溢れそうだ。
必死で抑える。
囚われるな
自分に言い聞かせるが、一度溢れた感情はそう簡単に抑えきれない。
じっと足元を見つめるしかには出来なかった。
均衡を失った天秤はもうもとには戻らないのだろうか。
視界に黒い影が過ぎり、視界一杯が闇に染まる。
暖かくも冷たくも無い体温。
でも確かに感触はある。
抱きすくめられたと理解するのに多少時間が掛かった。
「震えているぞ。
それでは俺は殺せない。
諦めるんだ、イイコだから・・・。」
熱を出したときと同じく優しい声。
細い指で髪を梳く。
「俺は死ぬわけにはいかないのだ。
実体としてお前に触れたいしセルシアにも会いたい。」
耳を掠める囁きは穏やで、あまりにも穏やか過ぎて残酷だ。
愛しむように髪を梳いて、壊れ物を扱うように背中を抱く。
それはがとうの昔に捨て去った母と同じ。
どうしようもない思いが渦巻いて涙が零れた。
喉が張り付いて詰まって、痛い・・・。
「セルシアは元気か?
会うのは久しぶりになるな。
十二年ぶりになる。」
「身体と取り戻したら俺の城へ二人を招きいれよう。
不便のないようにするから心配要らない。」
「・・・・ない。」
聞き取れなくての顔を見る。
彼の瞳からは涙が溢れ、頬を伝っていた。
「もう・・・・いないんだ。」
「セルシア・は病死した。」
ヴォルデモートの両眼が大きく見開いた。
何か言いたいのに言葉が見付からない、そう言う風に見える。
あまりにも唐突かつ酷な事実。
も彼に伝えたかった。
大好きな母親だったとか死んだときの悲しみとか、
母は死ぬ直前まで貴方を愛していたとか、もっと、たくさんの十二年分の思いを・・・。
しかし、何処から話して良いのか判らなく、出るのは嗚咽でそれがまた
を困らせる。
嗚呼 何がこんなにも悲劇を生むのか。
しゃくりあげるを見てヴォルデモートは
もう一度、今度は少し強く彼を抱きしめた。
愛しい人と良く似た容貌
自分と良く似た赤い瞳
今はまだ幼い自分の可愛い子供。
この子を苦しませた罪悪感と妻を看取れなかったやるせなさが
彼に重くのしかかった。
「もう失いたくないよ。」
自分の周りに居る大切な人を・・・・・・・・
「ハリーもロンもハー子も大好き。
だから死なせたくない。死なせない。
俺が守る。」
零れた涙を拭いもせず、じっとヴォルデモートを見つめる。
睨んでいるわけでもないのに強い眼だった。
セルシア・に似た眼差し。
「でも」
の顔がくしゃりと歪んだ。
「貴方にも死んで欲しくない。」
小さな声だ。
小さ過ぎて聞き逃してしまいそうになる。
それでもヴォルデモートには聞こえた。
一層強く抱き締め、瞳を閉じる。
一心に何か祈るような表情は生憎には見えない。
壊れた水道のように涙を流す我が子の耳元に唇を寄せる。
『 』
途端には睡魔に襲われた。
何が起きたのか状況がつかめない。
強制的に閉じようとする瞼に逆らってヴォルデモートを見る。
穏やかな表情だった。
鏡の中で見たような顔。
「・・・・・おやすみ。」
片方の手で髪を梳かれてどんどん瞼が下がっていく。
「こ・・さ・・・ぃで・・・・。」
口が思うように回らない。
もう一回言い直そうとしたが、限界のようだ。
意識が・・・引きずり込・・まれ・・・・・・る・・・。
(お願い ハリーを殺さないで・・・・)