青空になびく長い黒髪

優しく、それでいて意志の強い鉱物のような瞳







「強くありなさい。」









俺の尊敬していた人がよく言っていた口癖だ。














泣かない子供














最近ハリーの様子がおかしい。

クィディッチの試合も終わりクリスマスが過ぎてすぐの事だった。
どこかボーっとして心此処にあらずの状態が続く。


「ハリー、どうしたんだよ。」


俺の問いかけにも曖昧に笑って“何でもない。”というばかりだ。

ロンも複雑な顔をしていた。





その夜の事だ。

ハリーが寮を出ていこうとするのを偶然て慌てて後を追った。
追いかけるとある教室にたどり着き、天井に届きそうなくらい大きい鏡の前にハリーはいた。



「ハリー。」




気が付かないのか声をかけても何の反応もない。



「ハリー!」



「!」



さっきより大きな声で呼ぶと、ハリーはやっと俺の存在に気が付いたようだ。



「なにやってんだよ。」


ハリーは本当に驚いたみたいで目を見開いて食い入るように俺を見る。



こそ。・・・どうして此処に?」

尤もな質問に俺は短く息を吐く。



「お前が寮から抜け出すのが見えたから。
最近ボーっとしていたのはコレのせいか?」

こつんと、軽く鏡を叩いて言うとハリーは深く頷いた。


「・・・うん。【みぞの鏡】っていってね、僕の両親を映してくれるんだ。
多分自分の【のぞみ】を映してくれるんだと思う。」


そう言ってハリーは鏡を愛しそうに撫でた。

ぞくりと、肌が粟立ち背中に冷たい汗が滑る。



狂ってる



ハリーのその目は虚ろで彼が鏡の虜になったことを示していた。


「・・・でも【のぞみ】は【のぞみ】だろ?
現実じゃないんだ。
鏡の虜になって身を滅ぼしてはいけない。
帰ろう。」

なかなか動かないハリーの腕を引っぱろうと手を伸ばしたら
勢いよく振り払われた。


に僕の気持ちなんてわかんないよ!!」


泣きそうに発せられた声に胸がチクリを痛んだ。



ベッドに流れる黒髪



「僕がどんなに会いたいと思ったと思う?!」



蒼白の顔なのに俺を見据えた瞳



「皆が家族の話をする中で僕がどんなに惨めだったか・・・。」




最後の最期まで一心に『強くあれ』と言っていた



「そんな僕の気持ちはにはわかんない!!」



「・・・・わかるわけないだろ?」


わざとおどけて笑って見せた。

そうでもしないと怒りでハリーを殴っていたかもしれない。



「俺はエスパーじゃねぇんだ。」




知らねぇくせに


お前だって俺のこと知らねぇくせに


母さんが倒れる瞬間を今でも覚えてる





「ハリーもエスパーじゃねぇだろ?」






死んだ母さんの体の冷たさを覚えてる

忘れる事も許されない

そんな俺の気持ちなんて



・・・知らねぇくせに





「だからハリーにも俺の気持ちはわかんねぇ。
そうだろ?」



一語一語を言い聞かせながらハリーを見つめる。





「・・・・ごめん。」


ハリーは、はっとして少しの沈黙の後に小さく謝った。
その声は正気である人の声音でほっとした。



「いいよ。それより帰ろう。
ロンも心配していた。」


「・・・・・うん。」


まだ吹っ切れていないようだ。

少し考えてから俺はハリーの隣に腰を下ろした。

ハリーはまた驚いて俺を凝視する。





「ハリー、少し話をしようか。」




にっこり笑うとハリーも安心したように笑った。





のお母さんは・・・どんな人?」

いきなり聞かれて驚いた。

が、ハリーに母親がいないのを思い出して納得する。



母親と言うのがどういうものか知らないのだ。



『例のアノ人』と言う闇の魔法使いに殺されたらしい。

その頃ハリーはまだ一歳だったとジジイは言っていた。





『例のアノ人』

多くの犠牲者を出し、人々を苦しめていたと聞く。

昔と呼ぶにはまだ早く傷が癒える事は無い。

マグル世界で生まれ、生きてきた俺には到底わからないだろう。

どんな悲劇があったとか、流れた涙の意味とか、そんなのこれっぽちもわからない。

でも、学ぶ事はできる。

それしか今の自分にはできないのだから。

学ぶに当たって名前が何にも載ってないのに気が付いた。

書き記す事さえ恐ろしいのだ。



そんな人にハリーの両親は殺された。







「俺の?そうだなぁ・・・・優しくて強い人だったよ。」




笑った顔が大好きだった。



「『だった』?いないの?」


「母さんは俺が6歳のとき死んだ。
・・・治らない病気だったらしい。」



「・・・・・ごめん、さっきはすごい無神経だった。」



「しょうがねぇよ。話してなかったんだから。」

笑って言ってのけたらまた驚いた顔をして、それから気まずそうな顔をした。


「でも、ごめん。」


一生懸命謝ってくるハリー。

泣きそうに・・・でも俺の目を見て謝る。

真っ直ぐな良い目をしている。



あの人もそんな目をしていた。




「『強くありなさい』」


「え?」


「俺の母さんの口癖。」

悪戯そうに目を細めるとハリーは苦笑した。


「ハリーは・・・・ハリーには誰か守りたい人がいる?」


「いるよ。」


真剣に言うハリーの姿に昔の自分を重ねて自然と笑みが漏れる。



「なら、強くなきゃいけない。」


「喧嘩の強さじゃなくて」

「何の誘惑にも負けない」


「心の強さ」


「・・・・よくわかんないよ。」


ちょっと拗ねたように眉を寄せるハリー。
俺もちょっと苦笑した。


「うん、そうだな。
俺にもまだ良くわかんねぇ。」


「1人1人『心の強さ』は違うんだって。」


「そうなの?」


「うん。母さんはそう言っていた。
守る人の分だけ強さはあるって。」


「だからそれは自分で見つけなきゃいけねぇんだ。」




「・・・僕にも見つかるかな。」



不安そうな、でも意志の強そうな翡翠の双眸。



「みつかるさ。」


だってハリーは母さんの目に良く似ているから


そういったらハリーは安心したのか穏やかに笑った。

それからいろんな話をした。

授業の事

ロンの事

ハー子の事

三頭犬にあった事

3人がこそこそ話していた『ニコラス・フラメル』の事


「ニコラス・フラメル?」


「知ってる?」


「聞いたことねぇけど、ハリーはどっかで見たことあるんだろ?」


「うん、でも見間違いかも・・・。」


「見間違いじゃねぇかもしれないじゃん。もしかしたら案外近くにあるかもよ?」


「例えば?」


「うーん・・・・。お菓子の付録とか。」


「かえるチョコのカードとか?」


「そうそう、そんなもん。」


「そーかなぁ。」

くすくす笑うハリーを見て安心した。


「さ、帰ろうぜ?このままだとピーブスが下手な歌うたいながら飛んでくるぞ。」


「そうだね。」


2人小さく笑って透明マントを着た。

本当に透明に見えるらしい。






「あっ」




寮近くまできたとき俺は忘れ物をしたのを思い出した。

「どうしたの?」


「・・・・・杖あそこに忘れてきた。とってくる。」

“一緒に行こうか?”というハリーの言葉に笑って首を横に振った。

「1人でいいよ。」

「でも・・・」

「大丈夫。」

「なら、このマント持ってって。」

「ハリーはどうすんだよ。」


“寮もうすぐそこだから。”と笑って貸してくれた。


「サンキュ。」

そう言って俺はさっきの教室へ走って戻った。






「あった。」



その教室に入ってすぐ杖は見つかった。

鏡の横にぽつんっと転がっている。

座ったときに落ちたのだろう。

慌てて拾って何気なく鏡に目を向けるとそこには
俺と俺以外の2人の男女が映っていた。


長い黒髪に鉱物のような瞳


母さんだった

黒髪に俺と同じ赤い瞳の男の隣で幸せそうに笑っていた。
三十後半くらいの男だろうか。
整った顔と背筋の伸びた身体。


「・・・これが俺の【のぞみ】か。」


大好きな母親と顔も知らなかった父親と3人、幸せに暮らす事。

それが俺の【のぞみ】


「でも所詮幻想だ。」










「のぞみだけじゃ何も救えねぇ。」










それは

神に背いた者だけが知る事実








鏡の中の人物を睨んでから背を向けてもと来た道を急いだ。










その様子をずっと見ていた影に気づかずに・・・・・







・・・・・・・・・・・・・・俺の・・・・息子・・・・・・・・・・。」


影はしばらくして消えた。









運命と言う歯車は

悲しい事に 廻り始めている

でも

あの子だけは これ以上

苦しめないで


大事な 大事な


あたしの子供・・・・・・