を開ければ無限大に広がる碧空。
頬には柔らかい草の感触。


とても綺麗なその世界にデイダラは一人寝転がっていた。




「何処だ、此処?」


身に覚えのない風景にゆっくりと体を起こす。空には悠々と雲が動いていた。
確か任務で木の葉の国に行った筈だ。なのに何故?


「夢・・・・?」
「こんな所で寝てたら風邪引くよー。」
「!」


突然聞こえた声に急いで振り向くと一人の少女が苔の生えた岩にちょこんと座っていた。膝に肘を付いて面白そうにデイダラを見ている。


「あはは、驚いてる驚いてる。」
「誰だよお前!」
「ねぇ寒くない?」
「おい・・・」
「私ね、とっても暖かいところ知ってるの。」
「ちょっ」
「教えてあげる!」


全くかみ合ってない。げっそりとしたデイダラ。それに構わず少女はさっさと立ち上がり空と同じように無限に広がる草原を駆けていく。別に少女に従ったわけじゃない。ただ、このまま誰一人いない場所で寝転んでいるのが気が引けたのだ。
慌てて後を追いかける。振り向いた少女が笑う。気が付けばデイダラも笑っていた。


ソコは青と緑の世界だった。
紺碧の空は高く、形の良い雲よりも高く。全てを包む。
緩やかな丘は何処までも続き、青々とした草や名も無い花が風に穏やかに揺れていた。隣を歩く少女は上機嫌で鼻歌を歌っている。


「綺麗なところだな、うん。」
「デイダラでもそう思うんだ。」
「何で、オイラの名前・・・。」


名乗った覚えはない。その証拠にデイダラは少女の名前を知らなかった。不審に眉を寄せた。少女はくるりとデイダラを振り返るとまた あはは、と笑い声を上げる。


「知ってるよ。」
「何で・・・。」
「秘密。」
「・・・・・・。」




「デイダラはさ、結構後先考えないよね。」
「は?」
「いっつも計画性がないからサソリさんに怒られるんだよ。」
「お前、」
だよ。」
「は?」
「私、って言うの。」
「・・・はどうして旦那を知ってんだ、うん?」
「秘密。」
「・・・・・・・。」


ふふふと笑い声。面白くない。さっきから少女――に翻弄されっぱなしだ。仏頂面のままそっぽ向いてわざと大股で歩いた。後ろからが付いてくる。


「怒った?」
「怒ってねーよ。」
「怒ってるじゃない。」
「だから怒ってないって!」
「そおゆうのを怒ってるっていうんだよ、デイダラ。」


困った顔でが笑う。手にはデイダラの知らない文字で書かれた本があった。デイダラの視線に気付いたのか彼女はニコリと笑って マザーグースって言うんだよ、と冊子を見せる。一応借りて中を見てみたがやはりデイダラの知らない文字が綴ってあるばかりだった。


「デイダラ。」
「んー?」
「呼んでるよ。」
「へ?」


文字から顔を上げるとの後ろに人影が見えた。後ろと言っても遠い。小川に小さな橋がかけられその先にいる。見覚えのある人だ。ぼんやりかすんで顔は見えないが怒っているらしい。自分の名を呼んでいる。


「早く行かないと。」
「でも、」
「ダメだよ。デイダラは此処にいちゃいけないの。」


黒い瞳がデイダラを射た。風に髪が躍る。


「戻らなきゃ。」
は、」


その先は彼の口から出る事はなかった。自分が何を言おうとしているのかわからない。しかし、彼女があの橋を渡る事が出来なのは本能的に理解している。


「寂しくないのかい?」
「寂しいよ。」


寂しげな顔だ。


「好きな人がいたの。良い友達も優しい両親も。幸せだった。だから今は寂しい。」


気付けば橋はデイダラの足下まで来ていた。無意識に進む足。一歩進むごとにがぼやけていく。意識が遠のく―――。









「デイダラ!!」
「・・・うん?」


薄っすらと目を開くと見知った顔のドアップ。薄い色素の短い髪。


「・・・・・・・・・サソリの旦那?」
「っこのバカが!!」


ガッと殴られた。痛い。目を瞬いて体を上げようとするが逆にサソリに戻された。


「テメーはしばらく安静だ。しくじりやがって。危うくテメーは粘土と一緒にお陀仏だったんだぞ!!」
「どうりで体が痛いわけだ、うん。」


あははと笑うとサソリの拳が顔面に入った。






サソリが去ってデイダラは寝返りを一つ打つ。目を閉じながら考える事はのことだ。サソリの話によると本気でデイダラはやばかったらしい。四日間意識戻らなく、熱も下がらなかったとか。彼女がいなかったらどうなっていたのだろうか。サソリがずっとデイダラの名を呼ばなければどうなっていたか。生憎想像に乏しいデイダラには想像がつかない。結果的にデイダラは生きているのだ。それ以上でもそれ以下でもない。しかし。
の最後の言葉を思い出す。意識が遠のいていたからはっきりとはわからないが。不意にデイダラが口元が弧を描く。あの時輪郭もぼやけてわからなかったのに、それでも確かに彼女は笑ったのだ。嬉しそうに。




「でも好きな人がね、最期にキスしてくれたの。だからそれで充分。」



桃 源 郷 の 懸 け 橋