「どうか忘れないで」 そう言って小さな子供は小さなその手で綱吉の白い手を握る。 寒さに凍えた冷たい手だった。雪混じりの風に揺れる長い髪を同じ色の睫毛が震え、奥の紫色の瞳が綱吉を見た。そしてまた 忘れないでと呟く。 「あなたは沢山のことを知っているし、人が死ぬと言う事の本当の意味も知っている。 だけど抗争で生まれる憎しみがどんなものかを知らない。互いが互いの派閥を嫌い憎んで簡単に自分の命と引き換えに相手を殺す事が。理不尽な暴力で父と兄を奪われる事が。それでも誰も恨む事無く花屋を営む母を爆弾で吹っ飛ばされる事がどう言うことか。あなたは知らない。恨みが恨みを呼んで収拾が付かなくなるの。殺せば殺す分だけ違う誰かの憎しみがまた違う誰かの命を奪うの。」 の腕には火傷の痕が生々しく残っている。 白銀の世界に溶け込んでしまいそうな彼女を引き止めている様にその痕は赤黒い。その場に居る誰もが痛ましそうに顔を背けた。しかし綱吉だけはの姿に背ける事無くじっと見つめる。彼女が懸命に自分へ伝えようとする言葉を聞かなければならない。どんなに辛くとも、痛ましくとも。ボスとして逸らす事は出来なかった。 「あなたは人を殺す。マフィアとして、イタリアの王として。でもソレがどんなに辛い事か私は知らない。寝ても覚めても罪悪感に苛まれ、仲間の死を悼み、それでも止まる事を許されないと言うのなら、どうか忘れないで。憎しみが人を狂わす事を頭の片隅にでもいいから、どうか覚えていて。」 真っ直ぐな声が突き刺すような凍て付く風に混じる。深々と積もる白銀に眩暈を覚えた。この先自分は沢山の抗争を起こすだろう。否応無しに。 真っ白い世界に爛れた腕がはっきり見える。ソレは悲痛を訴える死者の憎悪の結晶のように自分を責める。しかし、人の罪を身を持って償ったキリストのようにこの先自分が犯すであろう罪を一心に償おうとしているようにも見えた。白銀が目に痛い。憎悪と慈愛が入り混じるようなその色がひどく目に沁みた。 |
キ リ ス ト の 傷