「・・・1人分しか作ってないんでそんなに無いですからね。」 「俺そんな食わねぇし、大丈夫。」 「・・・・ハァ」 向かいにはブラック。お綺麗な顔にキャシーが見たら卒倒するような美しい笑顔を貼り付けて、渡されたフォークを受け取る。何でこんな事になってしまったのだろうか・・・。あの時無理にでも居留守を使うべきだった。 玄関を開けてすぐ固まる私の前で彼は「今日1晩泊めて」と言い出したのだ。私と彼は今日が初対面である。ぽかんとしたまま相手をじっと見ていると彼は「ついでに飯あると助かる」と言い出した。もう1度言っておく。初対面である。呆れてものもいえない私の無言を肯定ととったのか、ブラックは「ありがとな!」と無邪気に笑って私を押しのけて家に入ってきた。しつこいようだが、もう1度言わせてもらおう。・・・初対面である。それから「夕食できてんじゃん!うまそー」と喜び、あれよあれよと言ううちにテーブルを囲む事になってしまった。そろそろ私の流され癖も直さないと本当に危ないかもしれない。あんなにご機嫌だったハルは、見る影も無く不機嫌にご飯を食べる。顔に付いた食べかすを取ってやるとすねた様子でそっぽ向いた。ハルの中でもシリウス・ブラックの高感度は芳しくないようだ。 「お前の猫?」 「まぁね、ここに引っ越してきた時に拾ったんです。」 ハルの頭を撫でるとハルはちらりと私を一瞥してから自ら頭を押し付けてきた。本当に可愛い。ブラックはふーん、と相槌を打ってから「アンタさ、何歳?」と突拍子のないことを言ってきた。少し警戒しながらも「・・・17ですけど」と言うと「じゃぁ同い年だ。敬語じゃなくていいよ。」ニヤリと笑う彼にそれもそうかと一応頷いておく。 「そういやぁ名前言ってなかったな。俺は「シリウス・ブラックでしょ。」・・・何で「表札にそう書いてあった」・・・・あっそ、お前は?」 「・ウィルクロード。こっちはハル。ブラックのところにいるフクロウは何てゆーの?」 「名前でいい。俺もって呼ぶし。アイツはルー。気が強い奴だからいつも手紙をぐちゃぐちゃにして持ってくる。」 「ふーん、」 それからどうでも良い事を適当に話した。案外ブラック、いやシリウスは話しやすい奴で会話も弾む。ただ一般常識というか社会常識というかが欠如している部分が多かった。たとえば携帯とかパソコンとか。シリウスに携帯を見せると興味深そうに眺めるので「それで写真も手紙も送れるんだよ」と言ったら大層驚いていた。この先大丈夫か、この人は。食後の紅茶を淹れて、未だに恐々携帯を触るシリウスを眺める。ちょっと悪戯心が擽られて呆れた振りしてため息をつく。 「魔法界でも少しはマグルの技術をとり得れないといつか足元すくわれるよ。」 途端に今まで携帯を凝視していた彼が目を見開いて私を凝視した。顔がさっと青ざめていく。 してやったり。 「え、な、なんでバレた?」 「隠してるつもりだったの?」 「あ、え、いや、っつーか、何で知ってんの?!」 かなりの慌てぶりに何だかこっちの方が可哀相になってきて、「とりあえず落ち着きなよ」と紅茶を手渡した。シリウスは言われるままに紅茶を飲んだが、視線は未だ私のままだ。 「私の知り合い・・・いや上司、かな。その人が以前そっちの世界で起きた殺人事件の犯人探しをした事があるの。その人から話聞いてたから。部屋には箒があるとかフクロウを伝達代わりに使うとか。あなたの家、箒以上に変な瓶とか鍋とかあってもうバレバレだったしね。あとアルバス・ダンブルドアだっけ?偉い人。」 「ダンブルドアは俺が学生だった時の学校の校長。これからは上司だけど。でもダンブルドアは確かに偉大だけどバグノールドっていう魔法大臣が魔法界のトップだぜ。」 「あぁ、チキンどころかうじ虫以下の大臣。」 「チキン・・・・酷い言われようだな。確かに無能だけど。」 シリウスの方が酷いと思う。 バグノールド魔法大臣の話はLのたとえ話でよく出てくる。勿論悪い意味でのたとえ話だ。態度が悪く、そのくせてんで役に立たないチキンの名称としてもよく使われる。ソレくらいLとは合わなかったみたいだ。アルバス・ダンブルドアもLとは合わなかったみたいだけど頭の良い人らしく「食えない老人です」とLは言っていた。 「とりあえずこの世界で暮らすならそれなりの常識は持っておいた方がいいと思うよ。」 「こっちにいるのは1年だけだ。1年したらホグワーツ・・・魔法使い達が行く学校のことな、そこの教師をする事になってる。」 「何で1年こっちにいんの?」 「家出たかったから。今俺の家ゴタゴタしててさ。ダンブルドアもマグルの世界を知ってた方が後々役に立つってゆーし、1年間職に付くのは待ってもらってんだ。は?学生?」 「いや、・・・・・・ちゃんと仕事はあるよ。」 改めて何しているかを言われると答え辛い。 探偵とも言い切れないし、パソコンの専門家と言っても彼にはわからないだろうし。不審そうな目をしたシリウスに「ソレよりなんでウチにくるかなー。彼女の所に行けばいいのに。」と話を変えると彼はあっさり「女とは昨日別れた。」と言う。 「アイツしつこいんだよなぁ。たかがキスしただけで彼女気取りでさ、勘違い女つーの?最悪だよマグルの女は。」 ソレを私に言うか。 呆れた目で見たら、彼は数時間前の事を思い出したのか「お前は違うけど」とおまけのように付け足した。適当に「あーはいはい。そりゃどーも」と流して食器を片付ける。今日は油物を使ったから洗うのが大変だ。一応使ったフライパンにはお湯を入れて汚れが落ちやすいようにしておいたからそんなに大変ってわけでもないが、油のベタベタが手に付くと中々落ちない。 「なぁ、本当にお前は違うと思ってんだからな。」 食器を洗う順番とか考えていたら椅子の背を抱き込むような座り方でシリウスが尚もしつこく言って来る。別に気にしてないのに。はっきり言って彼の女性の評価とか私には一切関係ない。そんなのよりもシリウスが椅子を雑に扱いすぎて壊さないかはらはらする。その椅子はメロの指定席なのだ。 「なぁ聞いてる?」 「聞いてるから椅子ガタガタすんのやめて。壊れっから。」 **** 今日で丁度7日目の夜だ。 短く息を吐いて寝返りを打つ。から借りたリビングのソファは少し硬くて寝難い。けど、こっちは借りてる身だ。贅沢は言えないし、それに香水ばかりつける女の隣で寝るよりはずっとマシだった。 暗い部屋の中でカーテンが風にはためく。その度にバルコニーで話し込んでいるの後姿が見え隠れした。柵に寄りかかって携帯とかいうコードの無い電話(あれで本当に繋がるのだろうか)を片手にかれこれ1時間は経っているんじゃないだろうか。涼しい風に乗って時々声が漏れる。“ウィルス”とか“駆除”とか“250ポンドで請け負う”とかよくわからない単語ばかりだが、「まったく割に合わない仕事ですよ」とため息混じりにが言っていたので、多分電話の相手は仕事相手なんだろう。食事のとき仕事について誤魔化していたからてっきり何もしていないのだと思っていた。見た目はただの普通の女であるし。いや、普通ならは殴らないか。 会って数時間で殴られたのは初めてだった。 しかもあんな暴言、俺ですら吐かない。メイクもしないし、着飾りもしない女。爪なんか艶すらなかった。そう考えるとアレが“女”と名乗るのは本当の女に対して失礼な気さえする。 「えぇ、それでは来週にそちらに伺います。・・・嫌ですよベルさんの相手なんて。本当ならそっちに行くのだって嫌なんですよ?あー、でかい声出さないでください。聞こえてますよ。はい、わかってます。それでは。」 ピ、電子音が聞こえてがため息をついたのが後姿からでもわかった。 しばらく夜風に当たっていたが室内に戻ってくる。俺は反射的に寝た振りを決め込んだ。聞き耳立てていたのがバレるのは何となく気まずかったから。俺がもう寝ているのに気付いたのかは音を立てないように静かにドアを閉める。風も無くなり室内は暗さを取り戻す。こんな夜は久しぶりだ。 ここに来て今日でちょうど7日目になる。が、家でゆっくりした日はなかった。1日目はジェームズたちが手伝いに来てくれたから楽しかったが、2日目からは1人きり。知らない街で暮らすのがこんなに寂しいとは思わなかった。夜になるのが嫌で、部屋に居るのも嫌で、街で適当に女を見繕って抱いた。それでも寂しさを拭いきれた事はなかった。 なのに今は不思議と満ち足りている。 硬いソファも俺を当たり前のように受け入れるの気配も心地がいい。女を抱いても得られなかった安らぎがここにはあった。足音が遠のく音にうっすらと目を開く。目を閉じていたからこの暗さでも充分夜目が利いた。は冷蔵庫からミネラルウォーターを出してグラスに注ぎ、食事を食べた時の椅子に座った。丁度俺が寝ているソファからの横顔がよく見える。透明なグラスの中の水を一気に飲み干し、ほっと一息入れていた。誰かに見られているという意識がないためか、随分と幼い顔だ。それからごそごそとポケットを探り、紙切れを取り出した。しわくちゃな写真。残念ながら俺の位置からでは誰写っているのかわからない。ただ、真剣なの顔付きから大切なものなのだろう。じっと写真を見つめる目は何も読み取れない。と、急に彼女の体がびくりと震えた。さっと寝た振りをする。どうやら着信だったようだ。は俺が眠っている事を確認してから通話ボタンを押し、やや抑えた声で「はい、」と呟いた。 「なんだマットか。いや、別に。うん、朝はメロだったから。目処は立った?そー、いつごろ…27日?あぁわかった。部屋は綺麗だよ。今日掃除した。あなた様のジーパンも洗わせて頂きました・・・そ、いつでも帰ってこれるよ。」 ふふふと笑う。明るい笑み。 初めて見た。いや、今日知り合っただけの人にそんな本当の笑みを浮かべる人などいない。ソレを知っているはずなのに言いようの無い衝撃を受けた。 「今日?・・・別に普通。あ、スクアーロさんから仕事の依頼来て来週イタリア行ってくる。うん、プログラムの強化だって。そんくらいかな。あと・・・・いやなんでもない。帰ってきてから話す。大した事じゃないし。そっちは?―――」 話し声は続く。けれど半分も聞いていなかった。 最後には「それじゃぁ、メロによろしく。」と締めくくって電話を切る。じっと見ていたのがいけなかったのか、が俺の視線に気が付いた。ばっちり合った目には、ちょっと驚いた顔をした。 「ごめん、煩かった?」 「いや、煩い方が逆に落ち着く。・・・彼氏からの電話か?」 さりげなく言ったつもりが喉に引っかかる。 シャワーを借りた時から何となくわかっていた。男がいる。それも俺と同じ年くらい。風呂場には男物の香水があったし、歯ブラシや食器も1人暮らしには多すぎる。リビングに置いてあった雑誌は丁度俺くらいの年のやつが読むような男性雑誌。は「残念でした。家族だよ。」と喉で笑ったけど、そんなはずない。女は嘘をつくとき必ず「これは弟のなの」とか「兄のなの」とか言った。疑惑の目でもしていたのだろう。は立ち上がり近くの棚に置いてある写真立てをこっちに投げて寄越してきた。おわててキャッチする。そこには沢山の子供達が写っていた。よく見れば数人の大人もいる。どこかの門の前で撮られた写真だ。 「ん、見にくいな・・・・・ワ、イミーズ、・・・・ハウ、ス?」 「ここから遠い場所にある孤児院だよ。集合写真を撮ったんだ。」 「集合写真・・・・」 その割にはみんな思い思いの表情をしていて自分勝手だ。黒に近い茶髪の子供は手に持ったゲームに夢中だし、銀髪のくせっ毛の少年は座り込んだままパズルをしている。笑った顔の子がいれば、悲しそうな顔をしている子もいる。様々な表情をする子供達の中でを見つけた。胡桃色の髪は今より長く、年はどうみても7歳くらい。後ろにいた金髪の少年に髪を引っ張られて痛そうにしている。その隣には、さっきのゲーム少年。この状態でよくゲームなんてしていられるものだ。 「お前イジメられてたの?」 「イジメるのはメロだけだよ。やり返すけど、いつも負けるんだよなぁ。」 メロ・・・それは確か電話の会話なのかで出てきた名前だ。“朝はメロだったから”“メロによろしく”と。もう1度写真を見る。意地悪そうな黒い目でを見ているその顔は綺麗な顔立ちだった。髪の色だって美しい。曇りの日に撮られた古い写真なのに彼の髪の色は褪せる事のない色合いだ。俺の知り合いにこれほど見事な金髪はいない。 「此れより新しい写真ってねーの?」 「此れ1枚だよ。大事なやつだから乱暴にしないでね。」 「(・・・さっき投げたくせに)大事なら毎日肌身離さず持ってりゃいいのに。」 「大事だからこそ大切に保管してんじゃん。本来なら指紋が付かないように手袋して欲しいくらいだ。」 「あ、そ。マット・・・ってーのは?」 「これ、」 近くに来たが指で1人の少年を指す。なんと隣のゲーム少年だった。髪が長くて顔は見えない。ただやる気のない空気が写真からでもわかる。何ともいえない微妙な気持ちになってに写真を渡すと彼女は苦笑して元の位置に写真を戻した。 「これでわかった?メロとマットは家族。孤児院出て3人で暮らしてんの。」 「・・・血の繋がりのないやつを家族とは言わねぇよ。」 「そう思う人もいるかもね。」 そう思うも何も血が繋がらなかったら他人じゃねーか。 言い返そうと口を開いたら、「午前中に業者が来るって言ってたからもう寝た方がいい」とが腰を上げたので言えず仕舞いになってしまった。が去ると一気に静かになる。毛布を被って目を瞑る。今日はいろんな事があった。水道管が壊れて最悪だったが、に会えた。今日、いやマグルの世界に来て1番の幸運だ。 だって彼女はここに来て初めての友達と言える存在。媚びもしないし、色目を使う事もない。俺を男ではなく人間として扱ってくれる人。そういう奴を探していた。俺が欲しいのは正真正銘の友達だ。ジャームズやリーマスやピーターみたいな友人。本当は男が良かったが(なにせ男なら恋愛に発展しにくい。)、最初会った時の彼女の嫌な顔で「もしかしたら友達になれるかもしれない」と思った。大抵の女は俺の顔を見ると頬を赤く染めて上目遣いで俺を見たし、ジェームズたちとの出会いは殴り合いから始まった。今回もそんな調子で、彼女が俺の友人になってくれるかもしれないと思ったのだ。でもすぐには信じられなかった。だからキスしてみた。今までの女たちのように媚びるようなら1夜の相手にして、そうで無かったならこれからも良い交友関係を作っていこう、と。 結果は後者だった。は俺をぶん殴って男でも口にしないようなスラングを口走った。これなら友達になれる!そのときの俺の喜びようと言ったら、あの後ずっとニヤニヤしっぱなしで、フクロウのルーが煩わしそうな目で見つめるほどだった。今日はいい日だ。 嬉しさが押さえ切れなくて押しかけた俺をは渋々ではあるが招いてくれた。彼女の家族である2人の少年には正直好感は持てそうにないが、それはそれ。上手く割り切っていけばいい。むしろあの2人がの害になるなら追い出せばいいのだ。あの写真を思い出す。明らかにメロはを苛めている。もしかしたら脅されているのかもしれない。血の繋がりだってないのだ。いつ“そういう”関係を迫られるかわからない。でもそれならは何故あんな顔で笑うのだろう。電話を受けた時のあの明るい笑み。 いじめっ子のメロ、苛められっ子の、我関せずのマット。 バラバラの3人。なのに一緒に住んでいる。わからない。ぐるぐると頭の中を回る疑問に知らずうちに眉が寄っていた。不快だ。腹が立って乱暴に寝返りを打つ。ぎしぎしと軋む音。写真の中の3人の顔が忘れられない。大切な写真。2人の写る写真。たった1枚の写真。 『大事だからこそ大切に保管してんじゃん。』 は確かにそういった。指紋も付けたくない、と。 だったらあの写真はどうなんだ。ポケットから出したしわくちゃな写真。いつも持ち歩いている様子だった。大事だから大切に保管すると言う。だったらその逆は何だ。いらない写真をいつまでも持ち歩く人などいるはずがない。 あの写真には一体誰が写っていたのだろう。 |
白夜
(薄明るい夜の謎)