しとしとと降る雨に耳を傾けながらリドルはいつものように本を読んでいる。その隣でも本を読んでいた。お互い何も話さない。雨の音だけが静かに響いた。 9. (今日のリドルは何か変だ) 文字を追いながら心中で思う。何処かピリピリしていて何故か冷たい目をしている。理由はわからない。けど、感じる。苛々しているのだろうか。何で?何に?の頭の中はさっきから疑問ばかりが増えて一向に答えが出ない。考えれば考えるほど泥沼に入っていくような気分だ。 「。」 静かに呼ばれた名前に肩が僅かに震える。 「何か気になる事でもあるの?さっきから一ページも進んでない。」 実際は考えるのに夢中で文字なんか追っていなかった。紅い瞳が彼女を真っ直ぐ見ている。思わず伏せた。じとりと毛穴から汗が噴出す。第六感が危険だと叫んだ。 “何かあったの?それともあるの?” リドルの口が弧を描いた。残虐な笑みだ。彼はが何を言いたいのかわかっている。の瞳は相変わらず伏せられたままだ。だから彼女は気付けなかった。冷たい瞳の奥は動揺と混乱で揺れているのを。 「・・・純血主義って知ってる?マグルや混血の魔法使いを嫌い、魔法族だけの血を尊ぶ風習だよ。」 “何が言いたいの?” 予想は大体付いている。 「は、マグルだったよね。そして家族も マグルだ。」 “マグルが嫌いなの?” 何かにひびが入った。の心の中にある何かに。やめて、その先は言わないで。何かが叫ぶ。思い切ってリドルの顔を見る。緊張での心臓が波打った。 「嫌いじゃないよ。ただ、」 赤い目が細まる。爬虫類に似た瞳だ。 「薄汚いマグルなんて死んでしまえばいいとは思うかな。」 瞬間、ガラスの割れるような音が脳内で響いた。でもどうでもいいことだ、そんなの。怒りに頭が真っ白になった。体が妙に熱い。リドルは笑ってる。あいつらもこんな顔で笑っていた。残虐で冷酷で憎しみの篭った笑顔。震える手でゆっくりペンを持つ。丁寧に書こうと思っても気が急いで上手く書けない。 “リドルは、頭が良い割に随分低次元のことを言うね” 「・・・どういう意味?」 リドルの雰囲気がガラリと変わる。いや、隠れていた憎しみが表に出てきただけだ。いつもとは全然違う鋭い空気。紅い瞳と紫の瞳が睨みあう。 “マグル全てが悪いなんてどっかの子供みたい” 「キミに何がわかるの?」 “貴方だって何を知ってるって言うの?” 光に飲み込まれた母親を思い出す。店の中で誰にでも笑顔を向けた優しい人。大切な人を殺した憎い種族の前だって笑顔だった。彼女は誰も恨んではいなかった。薄汚い?死んで当然の人間?あんなに 誰よりも 平和を願った あの やさしい人が 死んで当然だと言うの? 「何にもわかっていないのはリドルの方じゃない!!」 自然と声が出た。しかし出るようになった事より今の状況の方が必死では気付かない。はぁっと細切れに息が漏れ、驚いた目をしているリドルを睨み付ける。マグルだとか魔法族だとか。そんな事に何の意味があるのだろう。どちらも人間なのは変わりないのに。リドルを睨み付けたままが一歩後退る。反射的に彼はの腕を掴んだ。包帯で覆われた左腕を。途端にが顔を顰める。リドルは掴んだまま放す気配は無い。焦ったような顔だった。紅い目が珍しく混乱している。が振り解こうともう一歩後ろへ下がった時、結ばれていた包帯が解けて彼女の左腕が一部あらわになった。 「!」 そこにはの白い肌なんてない。一面に浅黒く焼け爛れた痕があり、所々肉が抉れている。酷い火傷の痕だ。きっと元の色に戻る事は無い。一生消えない傷。 の顔が泣きそうに歪んだ。隙をついて腕を振り解く。一歩下がって彼女はそばに転がっていたペンとメモ帳を掴んだ。ガリガリと耳障りな音を立たせて何か書くとリドルを振り返らずには図書館を出て行った。紙が破れ、所々インクの滲んだメモ帳だけがその場に残る。 “アンタなんかミュシェやインヴェールみたいに一生恨みあってればいい!!!” N E X T |