7.





リドルは珍しく息を乱してホグワーツ内を走り回っていた。時計は三時半を回ったところだ。昼食までには帰る、とには言っていたが予定が大幅に変わってリドルがホグワーツに帰ってきたのは三時。途中であったマクゴナガルに訊けば昼食には現れなかったらしい。一番可能性が高い図書室に行ってみればマダム・ピンスが不安そうな顔のまま飛んできた。


「あの子朝に本を借りたまま戻ってこないのよ。ハグリッドのところにも行っていないようだし・・・。」


ホグワーツはかなり大きい。だから顔をあわせる事無く一日が終わる可能性もありえる。しかし、何人もいないホグワーツでみんなが楽しく過ごすために作られたルールの中に“理由がない限り食事の時は必ず顔を合わせる事”と言う項目があるため必ず三回は全員が顔をあわせるのだ。勿論夏休み中だけだが。
未だに顔を真っ青にしているピンスをどうにか落ち着かせてリドルは図書室を出る。がこれまでにルールを破った事はなかった。そして時間に遅れたこともなかった。だからこそ他の教師達が心配するのだ。何かあったのではと。


校内は全て探した。隠し部屋や扉はリドルが知っている範囲で探したが何処にもいない。どうにかして乱れた息を整える。地下も考えたが足が治って間もない彼女が急な階段や坂の多いソコにいくとは考えられない。


(となると外、か)


ハグリッドのところに行っていないとなると反対側にある湖を探すほうが良いかもしれない。うっすらと浮いた汗を拭ってリドルは湖へと足を速めた。
何がきっかけか知らないが最近はハグリッドの小屋でちょくちょくお茶を飲みに行っている。ハグリッドと言えば何かと面倒事を起こす厄介者だ。“森の番人”とされているがその仕事はあまりよく思われていない。そして彼がホグワーツで退校処分にあった事は誰もが知っている。そんなリドルに言わせればうすのろのハグリッドとが一緒にいるのは些か気に食わない。しかもが笑うようになったのはハグリッドと会ってからだった。尚更気に入らない。やつの何処が良いんだ。自分といた方がずっとためになるし楽しいはずだ。増えていく疑問。解決できない問題。苛々する。
そしてこんなに苛々するのにとの関わり合いを断ち切ろうとしない事もリドルにとって解決できない疑問の一つだった。どうだっていいじゃないか。ただのマグルの子供だ。何の利用価値も無い。なのに把握していたいと思う。知らず知らのうちに理解不能な感情は大きくなって彼の体内を駆け巡っていた。


?」


後は湖しか考えられない、と思って来たものの期待は外れて大きな湖にはの姿も生き物の姿もなにも無かった。風に水面が揺れるだけの静かなその場所は何の音も聞こえない。息を長く吐いて髪を掻き揚げる。何処にいる?他に考えられるところは無い。今まで抑えてきた不安が一気に押し寄せる。


「なぁぅ」


何かの鳴き声にリドルは思考を断ち切らざるを得なかった。驚いて振り向くと黒い猫がリドルをじっと見上げていた。金色の瞳が細まる。


「スリザリンの猫・・・・?」


長い尻尾をぱたりと地面に打ち付けてその猫はまた にゃぁ、と鳴いた。
“スリザリンの猫”はその猫の異名だ。と言うか誰もその猫の名を知らないのだ。適当な名で呼ぶと鋭い爪で引っ掻くのでみんな“スリザリンの猫”と呼んでいる。スリザリンと付くだけあってその猫はスリザリン寮をねぐらとしていた。そして恐ろしくプライドが高く賢い。誰かに懐く事もなくその黒い毛並みを触らせることもない彼が今日は不思議とリドルの前に座って意味深に目を細めている。そして目を見開いたままのリドルを一瞥するとゆっくりと体を起こして歩き始めた。


「・・・・付いて来いってことかな。」


十歩ほど歩いたところで彼はまた立ち止まりリドルを見ている。リドルの言葉を解したように猫はまた なぁお、と鳴きリドルの足が進むのを確かめて歩き始めた。
猫はリドルと一定の間隔をあけて歩き続ける。本来ばかばかしいと言って相手にしないだろうリドルでもスリザリンの猫の今の行動には疑問を持つ。元々賢い猫だ。そして自分と同じで無駄が嫌いのように見える。リドルが再び黙考していると丁度良いくらいの木が一本と丈の長い草の茂る木陰でその猫はピタリと止った。そして なーぅ、とリドルに鳴くと茂みの中に飛び込んだ。あっ、と驚いて木陰を覗くとソコには猫の姿は無く、代わりにがぐっすりと眠っていた。


「にゃぁ」


リドルたちのいる木陰から少し離れたところでさっきの黒猫がまた鳴いた。金色の瞳は雑木林の影で複雑な輝きをしている。猫は尻尾を一振りした後、木々の多い林の中へと消えていってしまった。残されたリドルはとりあえずの隣に腰を下ろす。の周りにはリドルが進めた本とが図書館で見つけただろう本の全部で四冊が無造作に置いてあった。風がそよぐ。そっと銀糸のような髪を梳くとが小さく身じろいだ。動いたにリドルは初めて安堵の息を漏らす。そして自分が随分とこの少女を心配していた事に気付いて苦笑した。しかし嫌な気はしない。驚くほど穏やかな気持ちだ。の寝顔はあどけない。この子もこんな顔するんだな、とリドルは小さく微笑んだ。いつもの貼り付けたような笑顔ではなくてもっと柔らかい笑みで。


「・・・あまり遠くに行かないでね。」


遠くでマグル除けの鈴が鳴る。ここは意外と風が入って気持ち良い。午後の風は少しずつ夜気を含み始めていく。




N E X T