「言い忘れておったがトム以外にもう一人生徒がおる。名はじゃ。口は利けんが仲良くしてくれると嬉しい。」


朝食の時間に思いついたかのようにダンブルドアが言った。その一言にリドルは勿論他の教師陣は弾かれたように彼を見る。
今年一年生になる。魔法界の事を知らないからいろいろな事を教えてやっておくれ。
にっこり笑うダンブルドアに彼らは歓声を上げて承諾した。しかしリドルだけは喜びながらも誰にもわからぬ程度に眉を密かに寄せる。ソレを見てダンブルドアはしてやったりと悪戯に、けれども穏やかに笑った。










3.







今ホグワーツに生徒は一人しかいない。スリザリン寮の九月から七年になるトム・リドルだ。基本的に夏休み中は校内で生活する事は禁止されている。しかし爽やかな黒い笑みでの講義の結果、最後の一週間までは学校に残る事を許可されたのだ。
リドルが学校に残って一週間が立つ。こんなに楽しい夏休みは初めてだった。ダンブルドアが校内にいるというのは気に入らなかったが顔を合わせなきゃいけないのは朝と夜の食事の時だけ。他の時間は合わせずに済む。
あと二ヶ月の間いつも煩わしい女どももいなく久しぶりにゆっくり本が読める。そう思った矢先にダンブルドアのあの話。思い出してリドルは形の良い眉を思わず顰めた。
名前から女だ。どんな子なのかは知らない。知らないが女と思っただけで気が滅入る。
リドルは端麗な容姿をしている。おまけに成績も運動も出来る。そんな男をほっとく女はまずいないだろう。他の男から言わせればかなりの贅沢と言うものだが本人に言わせればこれくらい煩わしいものはないらしい。


はぁ、と溜め息をついてリドルは読みかけの本を静かに置く。図書館にはリドルしかいない。マダム・ピンスはリドルに図書館の鍵を渡すと出かけてしまった。新刊を受け取りに行くらしい。どうしても朝食の時に言われた言葉が頭を巡って気分を悪くする。頼むから僕のところには来ないでくれ、と思いながら本日四回目の溜め息を付こうとした時だ。
カラリと図書館の戸が遠慮がちに開いた。マダムではない。彼女は今日ロンドンまで行くといっていた。
いよいよ例の生徒のお出ましか。止っていた溜め息を吐き出し読みかけの本に再び目を通す。リドルは無視を決め込むつもりだった。しかし、リドルとその生徒しかいない空間で相手の足跡はやけに耳に付く。しかも奇妙な音だった。普通の人の歩き方とテンポが違う。何回か聞いているうちに片足の音は松葉杖の音だとわかった。視線は本なのに間違いなくリドルの興味は相手へと移っている。我慢できずに顔を上げて先にいた人を見て、彼は珍しく驚いた顔をした。


その人を一言でいえば白だった。死を匂わすほどの白。
青味がかった銀色の髪の間から見える包帯は彼女の頭を一周して片目を隠している。頬にはガーゼ。夏色の明るい半袖から伸びる腕は、片方は切り傷や擦り傷が。もう片方は真白い包帯で覆われていた。やはり松葉杖を付いていて右足はギプスで固められている。
呆気に捕らわれているリドルに気付かず少女――はふぅと息を吐き額の汗を拭った。そして不意に伏せていたの瞳がリドルを映した。の紫色の瞳とリドルの紅色の瞳がかち合う。驚いたのはの方だった。慌てたように小さく頭を下げてもと来た道を引き返そうとする。


「待ちなよ。」


びくりと肩を跳ね上がらせてそろりとがリドルを見た。リドルが柔らかく笑う。


「疲れているようだし少し休んでいったら?」


何でこんなことを言ったのかリドル自身わからなかったが、多分この少女に興味を持ったのは確かだ。にっこりと女性を魅了する笑みを浮かべて優しく言うとは少し戸惑った顔をした後、小さく首を横に振った。


「どうして?」


まさか断られるとは思っていなかったリドルは心の中で驚き、しかし笑みは崩さずに問う。ますます彼女は困った顔をした。口を開きかけて噤む。そう言えば口が利けないとダンブルドアが言っていた事を思い出してリドルは席を立った。そしてそのままのところまで来ると紙とペンを差し出す。見上げれば彼が綺麗に微笑む。書けということなのだろう。戸惑いながらもソレを受け取り手前にある机を使う。松葉杖を支える手が塞がっている為か字が幾分歪んでしまった。


“貴方の邪魔になると思う”

「そんな事ないよ。」


苦笑混じりにお決まりの言葉を吐く。はそんなリドルを見上げてまた机に落とした。


“さっきから松葉杖の音、気にしていた”


これにはリドルも薄っぺらい笑みを崩す事になった。(幸いはまだ文字を書いていたからリドルの表情を知る事はなかったが。)
いままで自分の感情を表に出した事はなかった。苛立ちや嘲りを感じることはあるがみんな作り物の笑顔に騙されてリドルの本心を知る者はいなかった。しかし、どうだ。目の前の怪我だらけの少女は会って間もないのにリドルの感情を簡単に読み取ってしまった。
ニィとリドルの紅い瞳が細まる。面白い。彼女は何者か、何が好きで何が嫌いか、すごく興味がある。


「でも今は気にしていない。それよりも今は本よりも君に興味があるんだ。」


教えてくれない?君の事。
囁くようにリドルがの耳元に唇を寄せた。は一瞬顔を真っ赤に染めたが否定権を認めないようなリドルの笑顔にすぐに困った顔に戻り、仕方なく小さく頷いた。


「僕はトム・M・リドル。これからよろしく、。」



リドルは非の打ち所のない笑顔を向けてを見ている。

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