突然のダンブルドアの登場にリドルは驚きながらも冷静さを取り戻し、冷たい瞳で彼を見やる。どうせを傷つけた自分を責めに来たのだろう。 「何か用ですか、ダンブルドア先生。」 皮肉った笑みを浮かべるリドルをダンブルドアは少し翳りのある表情のまま頷いた。いつもと様子が違う。余裕そうな顔は無かった。リドルが訝しげに彼の様子を探るとダンブルドアは意を決したかのようにリドルを見て意外な言葉を吐いた。 「を・・・・救って欲しい。」 11. 「君はミュシェとインヴェールを知っておるかな?」 ミュシェとインヴェール。 それは南東部の民族の名だ。宗教的価値観や外見的差別により長い事冷戦状態にある。しかし何年か前の事件を機に状態がより悪化した。互いに憎しみ合い殺め合っている彼らを他の人々は“憎悪の部族”と呼んでいる。がマグルを憎むリドルを見てこの民族達の名を出したのは憎しみ合いの象徴だからだろう。 「彼らは互いを憎しみあっておる。小さい頃から憎しみを植えつけられた子供達が簡単に相手の民の命を奪うのじゃ。」 悲しそうに目を伏せるダンブルドアをリドルは冷めた目で見ていた。そんな事自分にはどうだって良いことだ。誰が憎しみ合おうが殺し合おうが。そんなのどうでもいい。 「彼らは憎しみと恨みしか知らん。」 「それがなんの・・・・」 「の母親はミュシェの女じゃった。」 「!」 静かに語られる言葉にリドルは一瞬彼が何を言っているのかまるで理解できなかった。頭から冷水を被ったように体が冷えていく。 「女で一つであの子を育て、花屋を営んでおったらしい。経営も順調だった時、一人の男が店に入り込んだ。インヴェールの男じゃ。スイッチ式の爆弾で自分ともども店を吹っ飛ばした。の腕の火傷はその時のものじゃ。」 そこでダンブルドアは深く溜め息を吐いた。痛みを堪えるかのような表情にリドルは動けない。 薄汚いマグルなんて死んでしまえばいいとは思うかな。 自分の言葉が蘇る。簡単に言って良い言葉ではなかった。彼女に言ってはいけない言葉だった。ぽつりとダンブルドアは呟く。その瞳は悲痛の色を宿している。 「トム、人は皆無力じゃ。」 「魔法族であれマグルであれ簡単に命は奪うが決して元に戻す事は出来ん。 人の命一つ救う事が出来ずに何が魔法使いじゃ。何が偉大じゃ。」 「わしは、わしには、何も、出来んかった。の母親を助ける事もせめて元の形に戻してやる事も・・・。」 はぁと吐く息は哀しみに乱れ、黒い瞳は硬く閉じられていた。こんなに後悔するダンブルドアは見たことが無い。しばらく辛そうにしていたダンブルドアが鼻を啜り曖昧に笑みを作ってリドルを見た。 「君たちは似ておる。」 「どこが・・・」 「似ておるよ。相手を憎んで蔑みながらも葛藤を繰り返す所などそっくりじゃ。」 そんなこと無い。口を噤みながらもリドルは心の中で思う。自分は魔法族の血を引いているがマグルの血も引いている。どんなにマグルを憎もうと所詮自分もマグルだ。全面的に憎む事が可能なとは違う。それには自分のように人を恨んでなどいなかった。 ダンブルドアはしばらく黙っていた。リドルも黙っている。ピーブスの笑い声が遠くなって消えた時、重々しくダンブルドアの口が開いた。 「・・・部屋の、ドアが開かないんじゃ。鍵付きの部屋でもない。なのに開かない。魔法でも。」 魔力をコントロールできない子供は時々そこらの魔法使いよりも強力な魔法を作り出すことがある。の場合精神的な気持ちからなのだろう。ダンブルドアは心の中で溜め息を付く。いつかはこうなると思っていた。いくら体が治ったとしても、笑顔を見れるようになったとしてもいつかは障害になると思っていた。越えなければならない壁。 「あの子は今ずっと深いところに堕ちておるんじゃな。を救うことをわしには出来なかった。だが、君なら出来る。」 「貴方に出来ないことが僕に出来るはずない。」 初めてダンブルドアが頭を下げる姿を見てリドルは戸惑いを含んだ声を荒げる。出来るはずがないじゃないか。天下のダンブルドアが出来なかった事を自分が。 「わしにはあの子が受けた傷を感じることは出来ん。」 「・・・僕にだって、」 「君はあの子の父親を?」 「?・・・いえ、知りません。」 ダンブルドアの目が細まる。リドルは呆然と見つめ返していた。体内を流れている血液が凍り付いてしまったような錯覚。 「はミュシェとインヴェールの混血児じゃ。」 言葉を理解した瞬間、頭を硬いもので殴られたように耳鳴りがした。の泣きそうに睨み付けた顔が浮かぶ。そしてメモ帳に書かれた文字。 “アンタなんかミュシェやインヴェールみたいに一生恨みあってればいい!!” その言葉がリドルの心にひどく重く伸し掛かる。 N E X T |